貴族の娘の教育を受ける時
私の部屋はかなり広かった。気をつかってくれたのだろうか?
メイドが来て、一礼する。私と同じくらいの年齢の娘で、嬉しくて、声をかける。
「これからよろしくお願いします」
しかし赤毛で背の低い彼女は嘆息した。そして不機嫌さを隠さない。ジロリとした目つきでこちらを見る。
「奥様の座にうまくついた平民などに仕えたくはありません。アデルバード様にはもっとふさわしい方がいらっしゃるのに……それにここにはメイドは3人しかいません。手がいっぱいなんです!最低限のことはしますが、自分のことは自分でなさってください」
そうハッキリと言って、水差しとコップをガシャンッと乱暴に置き、部屋から出ていった……私、嫌われてる?確かに貴族の妻に孤児である私を選ぶなんてありえない。違うの!結婚は偽装なのよ!と言えない辛さ。
私はやれやれとベットに疲れ切って倒れ込んだ。死にかけたのに、誰も心配してくれない。たとえ明日、生きてても死んでても誰にも文句を言われない。それが今の私なのね……。
クタクタでそれ以上は考えられず、落ち込む間も悲しむ間もなく眠りの中へひきずりこまれた。
翌朝になると、体が丈夫な私はすっかり疲れはとれていた。神様がくれた私の特殊能力すごすぎる。
「早速ですが、アデルバード様が貴族として相応しい教育を受けさせるということで、本日より家庭教師がいらっしゃいます。覚悟していた方がいいですよ。ものすごく厳しい方ですから!」
そう脅すように赤毛のメイドは言った。私は不安になった。なにせ村の初等教育しか受けていないのだ。
「そ、そうなのね……」
朝食のスープをゴクッと飲み込む。緊張してきたわ。そう思いつつ朝食はしっかり完食してしまった。……私って図太い?
クローゼットを開け、持ってきた服の中で一番良い紺色の服に着替えて、髪をきちんと結い、待つ。
やって来たのは、40歳ほどの女性で深緑のドレスを着て、メガネをかけている人だった。私を見て、スッとスカートの端を持って一礼した。完璧なお辞儀だと私はふと思った。歩き方も静かで流れるようで、見苦しくない。
私は慌てて立ち上がろうとして……落ち着いてと自分に言い聞かせる。今の私じゃなくて……セレナならどうする?どうやっていただろうか?
私の前世であるセレナの記憶を辿る。
スッと静かに椅子から立ち上がり、ニッコリ微笑み、私はスカートの端を持ち一礼した。
相手が少し驚いた顔をした。
「はじめまして……家庭教師のミランダです。アデルバード様たってのお願いとあり、この場所へ来たのですが……今のお辞儀は素晴らしかったですね」
「ありがとうございます。ミランダ先生、これからよろしくお願いします。私はニーナと申します」
セレナのように柔らかく、ゆったりとした口調で相手に心地よい声音で話す。少し戸惑うミランダ先生。
「アデルバード様からは貴族の教育を受けてないと聞いていましたが、楽しみな生徒だと思い始めてきました。……では、始めましょうか」
私の記憶の中のセレナは本当に王女様だったのねと今更ながらに思ったのだった。
孤児院に居た時は役に立つことなんて、何一つなかった。それがここでは……。
「素晴らしいです!本当に教育を受けてないのですか?マナーの知識はどこで!?」
驚かれている。まさかセレナの知識で助かることがあるなんて……孤児院にいたら使わなかったものが、すごく助かってる!
今まで、なんなの?この記憶?ガルディン様は素敵だけど、必要なのかしら?って思っててゴメンナサイ。役立つことあるのね。ありがとう!ありがとう!と何度も心の中でお礼を言う。
「本を読むことは好きですから、そこからでしょうか」
ミランダ先生は首を横に振る。
「マナーや仕草というものは知識だけではできません。実践された経験が洗練されていき、自分のものになっていくのです。ニーナ様はまさにそれです。熟練されてます」
……私は無言になる。前世で教育受けてました!なんてことは絶対に言えないし。
厳しいと言われた家庭教師から褒められて調子にのった私は、次は扇子の扱い方ですと、渡された扇子の持ち方を教えられた時、勢いよく開きすぎて持ち手をバキッと折ってしまった。
や、やってしまったーっ!力が有り余ってたーっ!
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて謝る私にはミランダ先生が首を傾げる。
「あら?これは老朽化でもしていたかしら?」
「壊してしまい、申しわけありません」
「そんな片手で折れるものではないのですから、扇子の方が古くなっていたのでしょう」
ホホホと笑われる。私はミランダ先生には言えなかった。
片手で簡単にこのくらい折れますよ。なんて。
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