第4話 〜音を楽しむという事〜

 「♪♫♫♪♪♫♫〜♪♪♫♫♪〜♫」

 俺が人生で初めて一人で覚えて演奏した曲。

 スコット・ジョプリン作曲『ジ・エンターテイナー』

 きっとここに居る皆にも楽しんでもらえるだろう。

 

 「楽しい曲じゃな」

 「凄いウキウキするような曲なのね」

 「素晴らしい」


 ピアノの音に釣られて来たのか,お客さんが入ってきた。

 「お! 店やってるのか? ブライアンいる??」

 「いるぞー」


 「なんか音と匂いに誘われて来ちゃったよ! 何か食わしてくれ」

 「じゃあちょっと座って待ってな」


 お客が入ってきた。するとルイーザが立ち上がって店の外へと駆け出していく。

 ルイーザが大きな声で呼び込みを始めた。


 それを見た他のメンバーも店の外で呼び込みを始め出した。

 すると何故だがどんどんお客が入ってきた。


 エリスとリングストンが中でウェイターをしている。

 外ではルイーザとローレンツが呼び込みしてて,ハルゲンは魔法でテーブルや椅子を直していた。


 いつの間にか次々とお客が入ってきて賑わっていた。

 弾き終わるとクロエが拍手をしてこっちに向かってくる。酒臭い……

 面倒くさい絡み方をしていくる。クロエは酒癖がどうも悪いみたいだ!


 「おいカナデ! もっと何か弾くのじゃ!!」

 「分かったからあまりこっちにくるなよ〜!」

 「なにお〜〜〜」

 

 「♪♫♪♫♪♫♪♫,♪♫♪♫♪♫♪♫」

 続いて俺が弾いたのはモーツァルト作曲『トルコ行進曲 ファジル・サイ編曲』


 モーツァルトの原曲も素晴らしいが,ファジル・サイがアレンジしたジャズ風のトルコ行進曲は,今まさにこの場所に相応しいと俺は思う。


 「おおおおおお! なんと楽しい曲じゃ! お〜し余が皆に酒を奢るぞ! ブライアン皆に酒もってこーい!!」


 店にいる全員に酒を奢っていつの間にかどんちゃん騒ぎが始まった。

 皆で肩を組みながら踊り始めた。


 こんなに楽しい演奏したのはいつぶりか覚えてない。二歳の頃か,三歳の頃か,そんな事はどうでもいい。今この瞬間がとてつもなく心地が良い。


 俺は次々に演奏していく。店にはお客さんが入り切らないほど押し寄せていた。

 ローレンツ達はずっと店の手伝いをしていた。クロエはずっと呑んでるだけだった。


 徐々にお客の足が落ち着いた。クロエはベロベロに酔っ払っていた。

 そろそろ店も閉まる頃合いなのだろう。ローレンツ達も中で酒を呑んでいた。

 クロエが俺の方にヨロヨロした足取りで近寄ってきた。


 「カナデ〜次の音楽はなんじゃ!? 次をひけーーーい!!」

 本当にこいつは伝説の災害の黒龍なのか? 契約しちゃった事を俺は心の中で地味に後悔していた。


 「最後に一曲弾いてやるから落ち着けってクロエ」


 「♫〜♪〜♫〜♫〜〜♪」

 俺は最後の音楽を奏で始めた。モンティ作曲『チャルダッシュ』

 伴奏がないのは寂しいが心を込めてヴァイオリンで弾き始める。


 ハンガリーの伝統的な音楽で,酒場を意味するハンガリー語「チャールダ」から由来しているという。

 まさにこの店,この状況に相応しい曲だ。


 俺は弾き終えると歓喜に震えた。何故かは説明出来ない。それでも三歳から始まった長い演奏家人生の中でも一番良い演奏が出来たとそう感じている。


 酒場ライデンは大盛況で一日を終えた。

 「皆ありがとうな。今日は楽しかったぜ!」

 ブライアンが皆にお礼を述べた。


 「別にいいって! なあ皆!」

 ローレンツ達も皆そう思っているようだった。

 

 「いい事を思いついたのじゃ! この店閉めるとか言ってたなブライアン! それは勿体ないのじゃ。こんなに愛される店がなくなるのは駄目じゃ。余とカナデそして,ここにいるローレンツ達で盛り上げようじゃないか! どうじゃ!?!?」


 「俺は別に構わないよ」

 俺は答えた。


 ローレンツ達も賛同してくれたようだった。

 明日も同じようにお店を手伝う事を約束し,ローレンツ達とはここで別れた。


 「カナデとクロエは泊まる所あるのかい??」

 「泊まる所はまだ決まってないです。これから探そうかと」

 「ならこの店に泊まっていけ。食事も出してやるから」


 「本当か!? それはええの〜。なあカナデ」

 「いいんですか!?」

 「いいさ勿論。カナデ達のおかげで今日は楽しかったからな! それにお客さんも沢山きてくれて,カナデ達とローレンツ達のおかげさ」


 「俺は別に何もしてないですよ」

 「まあいいんだ。とりあえず食事作ってやるから待っとけ!」

 ブライアンは厨房の方へと向かっていった。


 食事を作って持ってきてくれた。

 「カナデに話すことがあるんだ」

 ブライアンが神妙そうな面持ちでこちらを見つめてくる。


 「なんでしょうか?」

 「代々この店は受け継がれているんだが,この音が鳴る異物を扱える人が現れて,凄いと思ったやつに譲ってやってほしいって伝わってるんだ。俺はそんな事一生ないと思ったが,今日その日が来た。カナデにこのピアノってのを譲る事にした」


 「!?!?」

 「いやいや。ブライアンもらえないですよ!」

 「是非貰ってほしい。俺は料理に関しては一流だと思ってる。カナデはピアノの扱い方は素人の俺から見ても超一流だと分かる。だからカナデに譲る」

 俺が迷っていると,


 「なんじゃカナデ。もらっとけ! もらっとけ! アイテムボックスで余なら運べるし,それにカナデ以上にこれを使いこなす奴なんておらんじゃろ。黒竜の余が言うんじゃ間違いない」 


 「……わかりました。頂いておきます」

 

 「そうか! そうか! 良かったぜ本当に! 今日は本当に祝いの日だ! どんどんやってくれ」

 食べ物やら酒やら色々と運ばれてきた。俺は酒があんまり得意じゃないからそこまで呑まなかったが,クロエは泥酔するまで呑んだ。


 食事を終えたら,ブライアンに案内してもらってクロエを担いで屋根裏へと上がっていく。


 「ここを好きに使ってもらって構わないカナデ。今日はありがとうじゃあ明日な」

 俺はクロエを部屋の隅にあるベッドに置いた。屋根裏に付いている小さな窓から光が差し込む。俺は本当に地球じゃない世界に迷い込んだのだとしみじみ感じていた。

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