#3 衛兵長の笑顔① [セカイ]


 時刻は夜。


 俺は門から離れ、壁に背を傾けながら思案していた。

 幸いなことにパニックにも自暴自棄にもなっていない。


 一つ分かったことがある。


 人は自分の生死がかかっているとどんな状況でも黙って考えざるを得ない。


 この状況から生き残る方法を考える。


 一つはサバイバルだ。

 ここは壁に囲まれているが大きな街だ。近くに川くらいあるだろう。

 そこで水分を補給しつつ上流へ行き自給自足のサバイバル生活をおくるというものだ。


 無理だ。

 絶対に無理だ。


 最初はいいかもしれないがいつか限界が来る。

 まずこの街を離れるという時点でありえない。

 もし不測の事態で倒れた時ここなら心優しい誰かが助けてくれるかもしれない。

 しかし、ここを離れ人のいないところに行けば確実に死ぬ。


 そう、死ぬ。


 呼吸が荒くなる。


 死が近い。


 こんなに死が近いのは生まれて初めてだった。

 死にたくない。という一心に心が支配されそうになり俺は頬を叩く。


 落ち着け。いや、落ち着かなくてもいい。

 ただ思考を止めるな。まだ死ぬと決まったわけではない。

 ここで無駄に時間を浪費させた方が死に近くなる。


 やはり何とかして街に入るしかない。

 幸い大きな街だ。どこか抜け道があるかもしれないし、門番の交代時間に隙を見て入ることができるかもしれない。


 と考えたところですぐさま反対意見が思いつく。


 そんな上手くいくだろうか。

 大きい街だからこそ門以外の抜け道はしっかりと警備している可能性があるし、気づかれないように隙を見て入る技術なんて俺にあるはずがない。


 それにもし実行するには入念な調査が必要になる。

 当然街の周囲を歩いたり門番の交代時間を観察したりする必要がある。


 それら全てを彼らに気づかれず行えるとは到底思えない。

 もし不審者と判断され捕まった時、俺は一体どうなるのだろう。


 良くて追放、悪ければ死だ。


 リスクが高すぎる。

 入れる保証もないし入ってから上手くいくか分からないのにだ。


 街に入る方法は一つしかない。


 彼らにもう一度助けを乞うしかない。

 何度も土下座して話を聞いてもらい助けてもらうしかないのだ。

 もしかしたらまた殴られるかもしれない。もっとひどい目に合うかもしれない。


 しかしそれでも頼むしかないだろう。


 侵入するより死ぬ可能性は低い気がする。

 勿論、僕みたいな子供を殴った相手だ。今度は槍の方で刺してくる可能性もあるが……

 その時は必死に逃げるしかない。


 彼らの仕事はおそらく門番だ。

 不審な子供一人を殺すため追いかけてくることはないだろう。

 ないよな?


 ただ怖かった。


 今まで大人に殴られたことなんてなかった。

 平和ボケしていた。でもしょうがないじゃないか。だって平和な世界で生きてきたのだから。


 しかし今は違う。


 死が近い現実を生きなければいけない。この事実がただただ怖かった。


 俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 死にたくない。だから考えるんだ。


 まずここはどこなのだろうか。


 俺は殴られた相手の顔を思い出す。


 鼻が高く眼は青色に近かった気がする。明らかに外国人の顔立ちだった。

 遠くから街の建物が少し見えたが、少なくとも和風の建物には見えなかった。

 どちらかというと洋風の建物に感じる。


 ヨーロッパとかにありそうだ。煉瓦が使われているみたいだし。

 もっとまともに地理の授業を受けとくべきだったと俺は後悔した。


 少なくともここは外国なのだろうか?


 しかし彼らは日本語を流暢に話していた。

 わざわざ俺のために日本語を話してくれた可能性は低いため、いつも日本語を話しているのだろう。


 じゃあやっぱり日本か?


 日本の中にある外国人が住む村とか?

 なら槍を持っているのは犯罪じゃないのか?法律に詳しくはないけれど素人目から見ても銃刀法違反だ。


 いや、子供を殴るような大人がいる村だ。


 正気じゃないのかもしれない。


 ここまでの現状をまとめると、俺は寝ている間に拉致されて通うはずだった高校の制服に着替えさせられ日本にある銃刀法違反を犯す外国人の村から数㎞離れた道の真ん中に放置された、ということになる。


 まさしくドッキリみたいな話だ。

 いや、絶対にドッキリじゃないのだが。


 俺はこれ以上考えても無駄だと判断し、別のことを考える。


 例えば次門番の人に会った時どうやって説得するかとか――


「おい。ここで何をしている」


 横から声がして顔を向けると武器を携えた一人の男が立っていた。

 前に出会った門番とは別の人だ。


 体が一回り大きく2m近くある背に服の上からでもわかる筋骨隆々とした体。

 黒髪で青色の眼をしており純粋な日本人ではないだろう。

 武器は槍を持っているがその先は斧のようになっている。ゲームで見たことがあるハルバードっていう武器に近い気がする。


 男は俺を睨みつけている。


 俺はすぐに手を挙げて敵意がないことを示した。


 落ち着け。聞かれたことだけを話そう。


「や、休んでいました」


 声が上手く出ない。緊張しているせいでもあるがもう何時間も水を飲んでいないからだ。


「なぜこんなところで休んでいる?」

「歩き疲れてここで休んでいました。街には入れてもらえなかったので」

「どこから来たんだ?」


 俺は答えに詰まる。それは俺にも分からないからだ。しかし先ほどの門番の会話から推測して答えた。


「森の方から来ました」


「森のどこからやってきた」


 俺は再び言葉に詰まる。分かるわけがない。森からやってきたわけではないのだ。

 でもどう説明すればいいんだ?いつの間にか道の真ん中にいたといって相手は納得するのか?

 また殴られるんじゃないか?


「どうした?早く答えろ」


 俺はその場で土下座をした。


「分かりません」

「なぜわからない?森から来たんじゃないのか」


 俺はもう何も考えることはできなかった。

 ただ思ったことを口からだす。


「本当に分からないんです。朝起きたらいつの間にか道の真ん中にいました。嘘みたいな話なんですけど本当なんです。信じてください。お願いします」


 もう止められない。


「もう朝からずっと歩いているんです。足も限界で水も飲めていません。ここがどこかも分かりません」


 駄目だ。また聞かれていないことを話してしまった。


「助けてくれる人も誰もいないんです!助けてください!お願いします!信じてもらえないかもしれないけど本当なんです!」


 なんで俺がこんな目に合うんだ。俺が何か悪いことをしたのだろうか。


「なんでもします!助けてください!俺一人じゃ生きていけないんです!お願いします!お願いします!」


 もう嫌だ。死んでしまいたい。でも死にたくなくて俺は今土下座をしている。

 俺っていったい―――


 すると男が近づいてくる。

 顔を上げると男が手を動かした。


「ひっ!」


 俺は殴られると思い咄嗟に顔を腕で守り目をつぶる。

 しかし一向に痛みはこなかった。


 目を開けると男が腕を前に出して立っていた。


「つかまれ」


 俺は男の指示通り腕をつかむと引っ張り上げられ立たされる。


「ついてこい」


 そう言うと男は歩き始める。

 俺はそのあとをついていった。


 どこに連れていかれるのだろう。


 もしかしたら詰所のようなところで尋問を受けるのかもしれない。


 もしそうなら嬉しい。

 真面目に聞いてもらえるかもしれない。


 それに水くらいはもらえるだろう。


 すると先ほど殴られた門に戻ってきた。


 門番は別人だったが男に気が付くと一礼をし挨拶をする


「「お疲れ様です」」

「ああ。すこしこいつを中に入れるぞ」


 男は後ろにいる俺を親指でさす。

 そして街の中に入っていく。


 街は多くの人でにぎわっていた。

 街灯があり明るくきれいな街だと一目でわかった。


 俺はキョロキョロと辺りを見渡したがすぐに見るのをやめる。


 街には入れた。話を聞いてくれそうな人とも出会えた。

 良かった。死ななくてすんで本当に良かった。


 でもこれからだ。

 俺の受け答え次第で家に帰れるかが変わってくる。


 俺は気を引き締めどんな質問が来るか、そしてどう答えるかを必死に考える。


 すると男の足が止まった。

 詰所に着いたのだろうか。


 そう思い建物を見ると看板が見えた。


『酒場 勇者の安らぎ亭』


「え?」


 男は店の中へと入っていく。俺は急いで後を追った。

 店の中では多くの人が飲食をし騒いでいる。


 男は奥の方にある席に座ると俺に対面に座るよう指をさした。


 こんなところで尋問をするのだろうか?

 いくらなんでも不釣り合いな気がする。


 すると店員の女性がやってくる。 


「カインさん、今日は早いね。ご注文はいつもの?」

「ああ。こいつの分も頼む。腹ペコなんで大急ぎでな」

「オッケー!というかもう用意してるよ。すぐもってくる」


 女性はそういうと厨房へと戻っていく。


 男と二人きりになり気まずい沈黙が流れる。

 破ったのは彼からだった。


「ここのな。スープがおいしくてな、良く来るんだ。シチューっていってミルクを使ったものらしい」


 店員の女性がすぐに戻ってきた。

 手には2人分のシチューがあり片方は俺の目の前に置かれた。


「お腹すいてるんだろ?食えよ」


 俺は横に置かれた木でできたスプーンを手にもちゆっくりと一口すくいあげ口に運んだ。


 おいしい。


 一口食べるともう止めることはできなかった。

 もう一口、さらにもう一口と口に運び、最後には皿ごともって口の中に駆け込む。


 今まで生きてきた中で一番うまい。


 そう感じたシチューだった。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 俺は頭を下げてお礼を言う。


「おかわりするか?」

「――はい!」


 おかわりを待っている間、彼と話をする。

 先ほど言っていたことはどこまで本当なのかだ。


 俺は正直にすべてを話した。

 今日起こったことと今までどんな所に住んでいたかだ。


 彼もシチューを食べ終え、話も一通り終えた後彼が思いだしたかのように尋ねた。


「坊主、そういえば名前を聞いていなかったな。俺はカインだ」

「俺は荒井世界といいます。荒井が名字で世界が名前です」

「そうか――」


 というとカインさんは俺の頭に手を置きわしゃわしゃと頭をなでた。


「セカイ、よく頑張ったな!」


 カインさんは笑顔でそう言った。


 俺は今日初めて泣いた。


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