#8 Creed

「わたし、このまち……もっとしりたい……」


 ある朝レイネはそう言った。この一ヶ月、彼女は毎日の散歩の中で数えきれないほどの体験をした。建物や生き物、人との出会いの中で、彼女はもっとこのルーンプレナの街の事を知りたいと思うようになったらしい。


「ありがとう。この町に興味を持ってくれて。勿論、これからも色々案内して、知りたい事は何でも教えるよ。僕も、この街が大好きだから」


「うん、わたしもこのまちが……すき」


「良かった。あ、そうだ! 母さんに君を紹介するか。母さんだったら、僕以上にこの街の事よく知ってるし。レイネ、新しい出会いをしてみないか?」


「きになる」


 フィリオの提案にレイネは目を輝かせて言った。


「よし。そうと決まれば早速出発だ。まだ今日の散歩してないしな。『思い立ったらすぐ行動』ってね」


 かくして二人は街へ出た。


「母さんは育ての親なんだ。僕の実の母さんは、僕が産まれて直ぐに病気で死んだんだ。顔も覚えてない。実の父さんも、その後を追う様に亡くなったから、当時実の母さんの親友だったレオナって人が、身寄りのない僕を保護することになった。その人に今日会うって訳。ちょっとややこしいかな?」


 フィリオは歩きながらレイネに説明した。


「かあさん?」


「あぁ、自分を産んでくれた人の事だよ。僕の母さんの場合は……えと、うん、説明難しいな……」


「わたしにもいるの?」


 レイネは首を傾げる。


「きっといるさ」


「そう……」


 二人が出会ってから、フィリオはレイネに色々質問をした。故郷の事、家族の事。しかしどれほど聞き出しても、レイネは「わからない」「おぼえてない」「しらない」と言うので、結局何も情報は得られなかった。街で聞き込み調査もした。だがそれでも有力な情報を入手することは出来なかった。


「まぁ……そういやその点僕らは、似たもの同士って言えるかもな。でも大丈夫。きっと君の親は元気にしてるさ。確証は無いけどさ。今頃レイネの親は何してんのかな……なんの情報も得られないんじゃあ、今はどうする事もできないし。はぁ……」


 フィリオは悲しげな口調でそう言って、ため息を吐いた。


「……ごめん」


「君が謝る事ないよ。寧ろ謝るのはこっちの方だ。何も出来なくてごめんな、レイネ」


 そう言ってフィリオはレイネの頭を撫でた。

 ルーンプレナのとある街角。閑静な住宅街にひっそりと佇む酒場に二人はやって来た。フィリオの育ての親であるレオナという女性がこの酒場を一人で営んでいる。

 古びた木製のドアをフィリオが勢いよく開けると、木の軋む音が響いた。店内は沢山の人で賑わっており、店の壁には、数年前フィリオのルーンプレナの街並みを描いた油絵が飾られていた。


「ただいま、母さん!」


「あら、フィリオじゃない! 久しぶりね!」


レオナは褐色の手を振ってフィリオを歓迎した。その手が一往復する度、彼女の水色のピアスが小刻みに揺れる。


「丁度カウンター空いたから座って」


「ありがとう母さん」


 フィリオは言われた通りカウンターに座った。レイネはフィリオの膝の上だ。 


「最近来てくれないから心配だったわ。毎日だって来てくれて良いのよ? 絵描き生活の方は最近どう? ペンちゃんは元気?」


 レオナが質問攻めをする。


「あー、ごめんごめん。ちょっと忙しくってさ」


 ペンちゃんとはペントの事である。ペントは元々街に迷い込んで来た彼を彼女が保護したのがきっかけで、フィリオ達の家族となったのだ。


「そっか……! その子が噂のレイネちゃんね。話はタウルから聞いてるわ。それで忙しかったのね」


レオナはレイネの方を見て言った。


「そうそう。それなら話が早い。実は今日、レイネを母さんに会わせたくて来たんだ。レイネがこの街に興味を持ってくれたみたいで」


「あら、そうなの? それは嬉しい限りだわ。レイネちゃん、初めまして。私はレオナ。フィリオの育ての親にしてルーンプレナのご意見番……! よろしくね!」


 レオナが得意げに言う。


「よろ……しく」


 レイネは下を向いて小さく言った。彼女はまだ初めて会う人への恐怖心が拭えない様だ。


「なぁに、恥ずかしがる事ないのよ。フィリオとはもう十八年の付き合いだし、この街に至っては三十……あ、歳バレる」


 レオナは慌てて口をつぐんだ。


「ま、まぁ、この街には慣れてるから、困った事や知りたい事があったら何でも言ってちょうだい」


「わかった」


 レイネはそう言ってうなづいた。


「ねぇフィリオ、この子相当なシャイね」


 レオナがフィリオの方を向いて言う。


「まぁ、元居た所についての記憶もないし、怖がってるんだよ、きっと」


 フィリオはそう言いながら、またレイネの頭を撫でた。


「あとフィリオ、レイネちゃんを保護した時、何で私に相談しなかったの? 困った事があったらすぐに私に話してって、いつも言ってたでしょ」


 レオナが少し強い口調でフィリオに言った。

 

「母さん、いつの話? それ。僕がいつまでも子供だと思ったら大間違いだよ」


「そりゃ、あなたがもう子供じゃないってのは分かってますよ。でも心配しちゃうのが母の性ってもんなのよ」


 レオナは彼を見ながらそう言った。彼はそんな彼女の姿を見て安心した。彼女の瞳は全てを包み込む様な不思議な力が宿っている様に思えた。

 

「それにしてもフィリオ、私達、似てきたわね……」


「……どこら辺が?」


「世話焼きなとこ」


「世話焼きってそんな……僕はただ、困ってる人を助けたいって、ただそれだけで……」


「私もそう思って、あなたを育てたのよ。つまりは、そういうこと」


 『困ってる人がいたらすぐ助ける』レオナの信条であり、それはフィリオの信条でもあった。


「……あ!」


 突然レオナが何かに気付いた様に大声を出した。


「急にどうしたの、母さん」


「レイネちゃんって、しばらくこの街にいて、フィリオと暮らす感じ?」


「……あーまぁ、今の所はそうなりますけど」


「じゃあさ、今度ここで歓迎会しましょう! 私達家族に迎え入れる儀式……みたいな! どうかしら?」


「えっ! 迎え入れるって……まぁ確かに、一時的な家族、ではありますけど……レイネには本当の家族も居て……」


「いーのいーの!」


 レオナのあまりにも急な提案にフィリオは混乱したが、彼はその提案を飲んだ。


「まぁ、いいや……レイネ、どうする?」


「おもしろそう」


「よっしゃー! そうと決まれば早速、明日やっちゃおう! 『思い立ったらすぐ行動』!」


 小豆色の袖を捲って腕を勢いよく回す彼女を見て、フィリオはため息をもう一つ。


「はぁ……やっぱり僕達って似たもの同士、家族なんだな……」


 『思い立ったらすぐ行動』これはレオナの昔からの口癖である。そして、フィリオ達家族のもう一つの信条だった。

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