第29話

 島の真ん中に建設中の建物は一見すると巨大な体育館に見える、しかし中にはバスケットゴールも平均台もない。代わりにあるのは自転車のタイヤがないエアロバイクのような物が三十台ほど用意されている。


 この体育館には外から電気が通っていないのでこの自転車を漕ぐことで電気を発生させる。建物内には照明もエアコンも完備しているが使用するには自ら発電するしかない。


 宣美はこの中に島民を全員閉じ込める予定だった、脱走できないように窓はなく、一つしかない扉は外から固く閉ざしてしまえばアリンコ一匹進入も脱出も不可能な要塞だ。


「なるほど、その中にとりあえず閉じ込めて人質にしながら日本政府と交渉するわけですね?」


 金本が付け加えるとみんな納得したように頷いている、心情的には抹殺したいが、せめて一箇所に隔離する事で溜飲を下げて貰えればと言う宣美なりの気づかいだった。


「殺すのは全てが上手くいった後のお楽しみね」


 宣美のセリフで再び幹部たちが盛り上がる、少し待って宣言した。


「一九九八年十一月二十三日、今日この日をもって我々は独立宣言をします、同朋を脅かすものはそれ相応の神罰を受けるでしょう、私たちネオコリアンによって」




     ※


 


 愛知県S市N小学校。

 ――給食に出てきたカレーに青酸カリが混入、児童十二人、教師一人が死亡。


 千葉県F市K中学校

 ――校長室にいた校長、サバイバルナイフを持った未成年の男に滅多刺しにされて死亡。


 東京都区議会議員 真田和由

 ――握手を求めてきた有権者が真田議員と握手をした瞬間に自爆、近くにいた秘書含め三人が死亡。



 この三つの事件には共通点があった、一つは犯人が三人とも在日朝鮮人であること、二つ目は殺された人物が在日朝鮮人に対してイジメ、または迫害するような発言をしていた事だ。


 愛知県のN小学校、六年二組には在日朝鮮人の木村悠が在籍していた。ある日、偶然彼が在日だと判明するとその日からクラスでイジメが横行する、殴る蹴るから始まり蝉を食べさせたり、ある時は自らの人糞を口に入れられた。


 教師は黙認、耐えきれなくなった木村少年は自宅マンション十三階から飛び降りて死亡。その一週間後に当該事件が起きた。


 千葉県の私立K中学校では入学試験で問題がなかった在日朝鮮人の入江京子を在日だという理由で不当に不合格にした、最終判断をした校長は雑誌の取材でどこの学校でも在日朝鮮人を受け入れるのは拒否していると半ば開き直った態度であった、その雑誌が発売された三日後に腹部など十二箇所を刺されて死亡。


 東京都区議会議員の真田は議会にて在日朝鮮人の選挙権について論議中に朝鮮人のような野蛮な人種に選挙権などあり得ないといった内容の発言をした、この発言は日本国民には大変反響があり本人もパフォーマンスのようにあちこちで在日朝鮮人の選挙権に対する反対意見を述べた、その日も講演会で絶大な反響を浴びた後に笑顔で握手を求めてきた初老の女性と握手をした瞬間に爆発、真田の腰から上は跡形もなく吹き飛んだ。


 一連の事件が在日朝鮮人による報復だと決定させたのは政府に対して犯行声明があった事をマスコミに公表したからであった、宣美の狙いは在日朝鮮人、つまりは同朋に何かあれば命をかけて復讐する、それが本島で生活する仲間たちを危険から遠ざける抑止欲になれば良いといった狙いからだった。


 そしてその狙いは成功する、ワイドショーで繰り返し報道される在日朝鮮人の報復運動、そのやり口と自らの命すら顧みないやり方に日本人は戦慄した。


 小学校、中学校、はたまた会社に至るまで身近に存在する在日朝鮮人に気を使うようになる、正確には腫れ物を触るような扱いだったがそれでも、いじめや迫害をうけるより数段マシだった。


 


 ――青ヶ島 多目的新体育館 開設記念祭り


 桜の蕾が今か今かと開こうとしている四月の初め、日本人収容所とも知らずに島民たちは次々と体育館に吸い込まれていった、この日を記念して青ヶ島の祭りを毎年開催しようと提案した宣美に反対する島民など存在しなかった。


 足が悪くて外出が困難な老人宅にも幹部たち自ら車で迎えにいった、会場に並べられたパイプ椅子に座る島民たち、壁際にならぶエアロバイクのような物体を訝しむ人間もいたが殆どは気にも止めていない。


 開始予定時刻を十五分ほど過ぎた所で島民が全て体育館に収まった、宣美はカウンターチェッカーの数字をもう一度確認すると扉を閉めて鍵をした。


 もう一つの入り口に向かう、ちょうど体育館のステージの真裏に当たる場所から侵入すると舞台袖からひょっこりと顔を出した、すべての島民は所在なさげにそわそわとしている。彼らのこれからの生活を考えると些か同情したが、まあそれも自業自得だろうと飲み込んだ。

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