第26話

「ちょっとお姉ちゃん待ってよ、さっきの何」


 校門を出た所で麗娜が宣美の腕を掴んで引き留める、なにか納得がいってないのか、引き攣った顔をしているが美しい顔はどんな表情も映画のワンシーンのように優雅だった。


「なにって?」


 左手首に巻かれた安物の腕時計をチラリと見ると午前十時を回った所だ、次の予定まであまり時間に余裕はない、麗娜に先を促した。


「あたしが性的虐待うけてたって」


「事実じゃないの」


「それは、そうだけど、札束放り投げたとか、お前らは奴隷だとか、そんなことこうちゃん言ってないよ」


 宣美はその言葉にピクっと反応する、目線だけを釣り上げて麗娜を睨んだ。


「あなた、まさかまだ石川孝介に会ってるんじゃないでしょうね」


 自分でも驚くほどに冷たい声が出る。


「会ってない、会ってないけど嘘は良くないよ」


「まあ、少し脚色したけどまるっきり嘘でもないわ、あいつらの本質を言葉にしただけよ」


 それより、と続けて麗娜に次の発言を許さない。


「これから、その石川孝介にアポイント取っているの、麗娜もいらっしゃい」


「え、こうちゃんと、なんで?」


 その質問には答えないで駅に向かって歩きだす、麗娜は諦めたのか黙って後ろをついてきた。


 石川孝介は以前と同じマンションに住んでいた、もし引越していれば連絡手段はなかったので運が良い。手紙に写真を添えて連絡を待っていると三日も待たずに記載しておいた電話番号に連絡があった、大分忙しいご身分のようだったが問答無用で宣美が本島に来る日を空けさせた。


 十条駅から埼京線に乗って新宿で降りると、平日の午前中にも関わらず多くの人間が右往左往していた、どいつもこいつも馬鹿丸出しの顔で歩いている、低脳な猿共、我が物顔で街を闊歩できるのも今のうちだ。


 指定した地下の喫茶店に入る、店内では打ち合わせ中のサラリーマン、何やら怪しげなパンフレットを広げている二人組が一人の青年に熱心に話しているのは、まず間違いなく鼠講の勧誘だろう。


 待つこと十五分、自動ドアが開いた向こう側に懐かしい顔、最近ではテレビでもよく見かける端正なルックスをした男が店内をキョロキョロと見回していた。ようやくコチラに気がつくと複雑な表情で近づいてくる、宣美の目的を計りかねているのだろう、警戒の色が浮かんでいた。


「ちょっとまずいよ、こんな場所でマスコミでも紛れ込んでたら、それにあんな写真まだ持っていたのか」


 つくや否や大量の汗をかいている、近くにいた店員に「ホット」と頼むとその店員は一瞬ギョッとしたがすぐに「かしこまりました」と言って去っていった。


「何がまずいのよ、ちょっと昔の知り合いにお願いがあるだけよ」


「金か? いくらだ?」


 ふー、っと大きなため息を付くと、トイレに行っていた麗娜が戻ってきた。


「あ、こうちゃん久しぶり」


「え?」


 石川孝介は麗娜と目が合うと口元に運んだ水を吐き出して咽せている。


「麗娜、え、なんで、うわ、可愛い」


 おしぼりでテーブルを拭きながらニタニタしている、宣美に向けていた表情とは真逆だが別になんの感情も沸かない。しかし、やはり麗娜を同席させたのは正解だったかも知れない。


「私のお願いは二つ」


 麗娜をまじまじと見つめる石川に本題を突きつけた、はっとコチラに顔を向ける、コロコロとよく表情が変わる男だ。


「一つは在日朝鮮人に選挙権を与える法案を通す」


「は?」


「二つめは青ヶ島を在日朝鮮人が住む特別自治区、治外法権。独立国家として認めること」


「はああ?」


 なぜこんな大それた事をこの男に頼むかと言えば理由は単純明快、こいつの父親が総理大臣だから、そしてこいつはいずれそのポストにつく可能性が非常に高い。


「ちょっとなに言ってるの成美ちゃん、そんなの無理に決まってるでしょ、そもそも僕にそんな権限ないよ」


「今はね、それにパパはその力、持ってるんじゃないの?」


 石川はため息をついて、いつの間にか運ばれてきた珈琲に口をつけた。


「あのね、成美ちゃん、政治家は遊んでるわけじゃないの、日本を少しでも良くしようと日夜奔走してるわけ」


「ぷっ、くくく」


 くだらない、だれがそんな与太話を信用するのか、本人達は本気でそう思っているのだからタチが悪い。


「なにがおかしいの」


 石川は少しムッとした表情をした。


「あんたたちが日夜奔走してるのは票集めでしょ、利権を少しでも長いあいだ貪るための努力、国民の為って、笑わせないでよ」


「そんな政治家ばかりじゃない!」


「四十六万人」


「は?」


「在日朝鮮人の数よ、これだけの浮動票があるのよ、ほったらかしにしていいの? あなたが率先して法改正したら在日の多くは石川派になるんじゃない?」

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