第23話 

 彼女にとって東京はクレープ屋があるかないかの差なのだろうか。それはともかく、そろそろ自分がやろうとしている事を話して良い頃だろう。


「麗娜、オンニはここを出ないよ、この島を在日朝鮮人だけが暮らす島にするの、日本人にイジメられない私たちだけの島」


 イジメという言い回しは少し子供っぽかっただろうか、麗娜はポカーンと口を開けて固まっている。


「え、どういう事、在日朝鮮人だけの島?」 


「そうよ」


「え、でもこの島にいる人達は?」


「おそらく死んでもらうわ、事故にでも見せかけてね、あ、もちろん何人かは残すよ、人質としてね」


「人質って……」  


 宣美は自分が目指す未来を麗娜に語った、まずはこの島にいる日本人を数人残して皆殺しにする、本島にいる在日朝鮮人で移住したい人間を募って島の人口を増やす。


 ある程度の人数が集まった所で国に独立国家として認めるように交渉する、とは言っても何かを国に求める訳じゃない、ただ傍観して欲しいだけだ、そちらが何もして来なければこちらから危害を加える事はしない、しかし、もし同朋になにかされた場合はその限りではない、命をかけた報復を敢行する。


 宣美が作る国は完全なる社会主義国家、富を分配して競争のない社会を作る、誰かを騙したり、蹴落としたり、競争なんてするから諍いが起こるのだ、朝鮮人は賢い。きっと上手くいくはずだ。


「まあ、そんなに大袈裟に考えないでよ、お互いに嫌い合ってるんだから、こっちが出ていってやるって事」  


 麗娜はあまりピンときていないようだ、それもそうだろう、この容姿故に例え在日朝鮮人だとバレても彼女がなにか嫌がらせを受けたりすることは少ないだろう、しかし、麗娜は特殊なのだ。


 いまこの瞬間にも本島では日本人から謂れのない虐待を受けている仲間がいるはずだ、同朋を救えるのは自分しかいない、幸い切り札も持っている。


 神の信仰はないが、もしいるのだとすれば宣美にその役目を与えたのだ、あの日、オンマとアボジが死んだ夜、その役目を全うするように宣美に与えられた試練。悪魔を倒し自分の幸せを勝ち取るしか生きる道はない。


「在日朝鮮人を集めるっていっても、どうやって?」


 不安そうな顔を覗かせている麗娜を安心させる為に極めて明るい口調で話すように心がける。


「ちょうどいい、今月末に朝鮮学校で公演があるからさ、麗娜も見においでよ」  


「うん」と言ったきり麗娜の口数は極端に減った、やはりまだ少し早かったのかも知れない、しかし麗娜にも手伝ってもらいたいことがある、彼女にしかできない大切な役目だ。


 次回の講演会でなんとか麗娜が宣美のやりたいことを理解してくれると良いのだが、俯いたまま静かに珈琲を口に運ぶ麗娜のために話題を変える。


「夜は居酒屋さんにいこうか、島に一件しかないんだけど結構美味しいんだよ、お刺身とか、もちろん麗娜はジュースだけどね」


「お刺身たべたーい」


 パッと表情が明るくなる、良かった、機嫌が治ったみたいだ、せっかく久しぶりに会えたのだから暗い話は無しにしよう。


 午後は車で島をドライブした、といっても小さな島なのですぐに一周してしまう、それでも都内では見られない美しい景色に麗娜は終始ご機嫌だった。



 海沿いに面した坂道を登った場所に『憩い』はポツンと佇んでいる、看板が出ているわけでも暖簾が掛かっているわけでもない居酒屋は地元の人間じゃなければその存在にすら気が付かないだろう。


 潮風に晒されて錆びた建物は味があるを通り越してハッキリぼろいといえた。カラカラと半透明の引き戸を開けると小さなスペースにテーブルが五つ、そのうちの一つには見知った顔の三人組がすでに顔を赤くしてコップ酒を煽っていた。


「こんばんわあ」


 遠慮がちに店内に入るとカウンター内で刺身を切っていた大将が顔をあげて破顔した。


「おう、成美ちゃん、いらっしゃい」


 つられてコチラを見たテーブル席の三人も宣美の来店を歓迎してくれる、後ろをおずおずと付いてくる麗娜に早速目をつけて質問攻撃をしかけてきた。


「そうかい、妹さんか、ずいぶん美人ときたもんだ、あんま成美ちゃんには似てねえな、おっと、成美ちゃんが可愛くないなんて言ってねえよ」


 大将はガッハッハと笑いながら瓶ビールとコーラを持ってきた、大柄な体が揺れている。


「別にいいですぅ」


 見た目で麗娜に敵う人間なんてそういない、それに彼女が褒められるのは単純に嬉しかった。


「あーあ、大将、成美ちゃんがへそ曲げちまったよ、大変だあ」

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