第21話

「続きましては、東京都北区赤羽で起きた警察官殺害事件です」


 テレビ画面にはスーツをかっちりと着た髪の短い司会者が指揮者がふるう棒の様なものをもって話している。眉間に寄せたシワで事件の惨殺さを表現するようにしかめっ面で画面に映っていた。


「まずは今回の事件を簡単におさらいしましょう、木下英子被告は被害者である警察官、松本亮二さんと自身の店である喫茶店のキッチンで性行為をしています、その後なんらかのトラブルがあり木下被告が松本さんの背中を常備してある包丁で刺して殺害、その後やってきた夫の木下大輔さんの腹部を二度指した後に、自身の頚動脈を切って死亡しました」


 関係性を示したボードが出てきて指し棒で一つ一つ確認しているが、それが宣美がしっている三人とは現実感がなく、ただ垂れ流される映像を眺めていた。


「今回の事件ですが、現役の刑事が殺されたと言う事で注目を集めていますが、どうでしょうか?」


 司会者がコメンテーターに水を向けると、元警視庁捜査一課と肩書のついた初老の男が鋭い目つきで画面を睨んでいる。


「大変痛ましい事件です、実はこの木下夫妻なんですが在日朝鮮人の二世なんですね、出身は北朝鮮の平壌ですね、近年では北朝鮮による拉致問題や、在日朝鮮人による犯罪が増えていく一方で――」


 コメンテーターが一方的に捲し立てる話を司会者がうんうんと頷きながら聞いている。


「非常に怖い事件ですが、我々は何を気を付けていけば良いのでしょうか?」


「やはり、文化の違い、考え方、似たような容姿をしていても中身はまるで違う人間ですので、ある程度の距離をとってですね、慎重に接する事が大切かと思います」


 ありがとうございます、と司会者は頭を下げた。


「それでは日本人のふり、と言うと語弊がありますが、偽名、通称名とも言いますが、在日朝鮮人が好む苗字がありますので見ていきましょう」


 大きなボードに日本の苗字がずらりと並ぶ、木下、金本、張本、安田、柳、平山。在日朝鮮人が好む苗字と書かれたタイトルの下にびっしりと漢字が羅列している。


「もちろんちゃんとした日本人もいますので、その辺りは注意が必要です」


 ちゃんとした日本人――。


「それでは、街角の声を聞いてみましょう、細谷さーん」


 派手なスーツを着た若い女子アナが神妙な面持ちで赤羽駅商店街の八百屋のおばさんに質問している。


「今回の事件ですがどう思われますか?」


「本当に怖いですね、身近にそんな凶悪犯がいたなんて、本当に怖いです」


 宣美も顔馴染みのおばさんは引き攣った顔でインタビューに答えていた、つづいてモザイクのかかった若者にマイクを向ける。


「在日朝鮮人だあ? 日本に来てまで迷惑かけるなっつうの、まじで国に帰れよ」


「彼らは日本で生まれ、日本で育ちました、すでに故郷がない人達もいます、それについてどうでしょう?」


「なんかさあ、そいつらだけ無人島に集めて日本人に迷惑かけないように隔離とかできねえの?」


 隣にいる友人らしき人物が大笑いしながら名案だと手を叩く。


 ブツっという音と共にテレビが消えた、ゆっくりと振り返るとハルボジがリモコンを持って立っている。その顔は怒っているのか悲しんでいるのかわからない、不思議な表情だった。


「適当な事ばかり言いおって、日本人めが」


 なるほど、どうやら怒っているのだと言葉の内容から読み取った。


 事件から二週間、すでに葬儀も火葬も済んで二人は小さな箱に入れられて仲良く二人並んでいる。狂ったように咽び泣く麗娜とは対照的に宣美は至って冷静だった。


 悲しくないわけじゃない。しかしどこかしらけた空気が自分の中に纏わりついている感覚が拭えない。


 自分が亮二を刺し殺した事は次の日の朝、目が覚めると鮮明に思い出せた。しかし後悔はまったくしていない、あそこにいたのは間違いなく悪魔だった。


 悪魔の背中に鋭利な包丁がズブズブとめり込んでいく感触が今も手に残っている。もしかしたら両親は悪魔に魂を乗っ取られていたのかも知れない、だったら死んでしまっても仕方ないだろう。


 都合よく全てはオンマの犯行という事で片付いているようだ。わざわざ自分から罪を認める、いや、そもそもあれは罪なのだろうか。少なくとも宣美に悪い事をしたなんて思いは全くなかったので警察官に事情聴取された時もアパートから真っ直ぐ家に帰ったと嘘をついた、また、それを疑うような人物もいなかった。


「宣美、これからの事なんだが……。麗娜は部屋か? まあいい」


 ハルボジはダイニングチェアに腰掛ける、宣美が立ち上がりキッチンでお茶を入れていると背後からボソボソと声が聞こえてきた。


「この家にはもう住めない、財産もない、と言うか借金だらけだ」


 なぜか申し訳なさそうに話すハルボジの前にお茶を置くと「すまんな」とボソリ呟く。


「だからといってお前達に借金がいくわけじゃない、財産放棄すれば良いんだからな」


 お茶を一口飲んでから視線を上げる、なにも言葉を発しない宣美を一瞥してため息をついた。


「狭いがわしの所に来なさい、学校は少し遠くなるがな」


 学校――。


 いまさら学校に行く気などなかった、あんな悪魔が大勢いる場所になど行きたくもない、どうせあとは三学期を残すだけで卒業だが、その資格にもなんの意味があるか疑問だった。


 しかしそうか、麗娜はまだ中学生だ、せめて高校くらいまでは行かせてあげたいが本人はどう考えているのだろうか。


「ハルボジ、私は大丈夫、自分でなんとかするから」


 ハルボジにあまり迷惑はかけられない、それにこの二週間、宣美にはある考えが浮かんでいた、それは人が聞いたら突拍子もない夢物語で馬鹿げた話だと笑われるだろう。

 

 しかし。それしかない。在日朝鮮人が普通に生きていける安息の地、日本人、いや悪魔に虐げられない楽園。待っていてもそんな都合のいい場所は現れない。

 

 ――そいつらだけ無人島に集めて日本人に迷惑かけないように隔離とかできねえの?


 先程インタビューに答えていた若者の言葉は案外悪くないアイデアに思えた。


 そう、この国じゃ私たちは安心して暮らせない。いや、私たちが暮らせる国なんてどこにもないのかも知れない、なら。


 作らねば。自分たちの国を――。

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