第4話

 話の飛びように、エイチもアイバンも思わず声を上げた。

「そのような能力も技術も、我々にはありませんが」

「でしたらいいんです。伺ってみただけですので。忘れてください」

 慌てたように言うと、女性職員はそそくさと立ち去ってしまった。

 残されたアイバンとエイチは彼女の姿を目で追ったが、じきに奥に引っ込んでしまった。

「どういう意味なんでしょう?」

「……まだ何とも言えない」

「エイチさんは探偵なんだから、変装の心得があるのでは」

「多少ね。だが、あの職員の態度や、真っ先に特殊メイクと言い出したことから推すと、変装よりも変身に近いものを求めているようだった。迂闊なことは言えない雰囲気を感じたので、できないと答えたんだが」

「何が起きているのか知るには、できると答えるべきだった、と」

「そこまでは思わない。現在、僕らの最大の目的は、君の彼女を見付け出すこと。好奇心の趣くまま、無関係なことに首を突っ込み、隠された秘密を知った挙げ句、危険に晒されては目も当てられないよ」

「……」

 アイバンは嬉しくなった。エイチはきびすを返し、玄関へ向かいながら小声で続ける。

「とはいえ、掛かる火の粉があれば払わねば。トラブルを避けるには、早々に発つのがよいと僕の直感が告げているのだが、情報も得たい。成り行きを見守るしかなさそうだ」

 結局、新情報は得られぬまま、役場をあとにした。


 病院にも回ってみたが、大した収穫はなかった。というのも、病院も多忙を極めていたのだ。お喋り好きそうな女性薬剤師の話によると、一昨日から昨晩に掛けてお年寄りが四人、相次いで亡くなり、一人しかいない医師はてんやわんやだったという。

「一度に四人が亡くなるとは、火事か何かですか」

 何気なく尋ねるアイバン。すでに薬屋の行商に関しては約半年前のことと分かり、そこから得られる情報はないと判断した。

「いえ、別々の家の人ですよ、四人とも。でも、四人集まっていたのはその通り。どなたかの家に集まり、一緒に食事を摂って、食中毒に」

「食中毒でしたか。お歳はいくつぐらい?」

「九十六から九十九ね。男二人に女二人。同世代がいないから仲よしだったけど、普段はあまり会わないように制限されていて」

「何故、制限を」

 薬局内を見渡していたエイチが、不意に質問を発する、薬剤師は眼鏡の位置を直し、若干早口になって答えた。

「四人いっぺんに病気に罹ることがないように、ですわ。なのにたまに会って、食事したら中毒だなんて」

「あなたはさっき、同世代の人がいない、と言われた」

「え? あ、はい」

「しかしよそで聞いた話では、村に百歳を超える長寿の人は多いのでは。お祝いのため、国から遣いが割と頻繁に来るほど」

「百歳と百歳未満とでは、同世代とは呼ばない……そういうつもりで話したんです」

「見解の相違という訳ですね。分かりました」

 エイチはにこりとし、質問の矛を収めた。女性薬剤師も安堵の笑みを返す。

「お客さん達はいつまで村にとどまるの?」

「今日を含め、三日ないし四日間です」

 答えたアイバンは、エイチを振り返った。

「話を聞かせてもらいましたし、ここで少し補充しておきます?」

 アイバンの能力があれば薬は不要だ。ここでいう補充とは、生活雑貨の類である。

「任せるよ。――高齢者が多いと、そのための商品もよく出るだろうね」

 薬剤師に話し掛けるエイチ。

「ですね。吸い飲みとか前掛けとか。あとはのど飴のやわらかいやつ」

「一度に四人も亡くなると、売上げが落ちる?」

「そこまでは……」

「実をいうと、我々には授かった能力を応用することで、多少の治療ができます。ご高齢者の家々を回って、わずかでも力になろうという思いもあり、こちらに足を運んだ次第です」

 中腰で品物を選んでいたアイバンは、エイチが予定外のことを言い出し、びっくりして見上げた。だが、表情には出さない。考えがあってのことだろう。買い物に集中する風を装う。

「それはありがたい話です。きっと先生も喜ばれます。けれど……やはり医療行為には資格が必要ですし。いくら確かな能力があるとしても、ねえ」

「ならばせめて、こちらの医師の往診に立ち会い、見学させていただくのは? 四日もあれば、往診の機会があるでしょう。ほら、二日後が誕生日のオルドーさんのところなどは、万全を期して国からのお役人を迎えなくては」

「え、ええ。しかし、それはそれで、患者さんの方が嫌がるかもしれませんわ。身体のどこそこが悪いなんて、無闇に知られたくはないものでしょうから」

「うーん、だめですか」

「あ、私が判断することではありませんよ。先生に直接伺って、判断を仰ぐべき問題です。私はただ、この場でできる一般的な判断を解答したまでです」

「分かっています。お忙しい先生を邪魔してもいけない。今回は断念するかな。――アイバン君、買う物は決まったかい?」

 アイバンは適当に見繕った品々を手に、レジの前に立った。


「最初に、君に謝らなければいけない。すまなかった」

 宿までの道中、アイバンはエイチに頭を下げられ、当惑した。買い物袋を持ち替え、「何がです?」と聞き返す。

「つい一時間ほど前には、ジュンさんを捜すのが最大の目的と宣言したにも拘わらず、僕はこの村で起きているであろうことを探るため、推理を働かせてしまった。端緒を、先ほどの薬剤師がちらと見せたからなんだが」

「やっぱり、さっきの薬局での高齢者の家に行ってみたいとかいう話は、そのための……」

「確証を得てはいないが、この村では不正が進行しているようだ。尤も、僕らには無関係なことだ。徒に波風を立てる必要はない。国に不正を告発する義務もない」

「ネスコート村は国に対して不正を働いていると?」

「恐らくね。ただ、それももう終わりにするつもりなのかな。今晩か明日早朝、遅くとも二日後までには、百歳を超える高齢者全員が村から一斉に消えるかもしれない」

「え?」

 エイチの“予言”は的中した。列挙した日時の中で、最も早い形で。

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