第22話 睥睨



 妹がその子(女子だった)に電話をかけ、俺が変わってもらって軽く話をし、最終的には、野上先生から向こうの先生に話をつけてもらって、職員会議でOKもでたそうだ。


 武道場を貸すかわりに、その先生がうちの高校の柔道部のコーチも兼任するってことになった。


 そしていよいよ、初めて亀城第二中学の柔道部(部員一人)の出稽古が始まった。


 やってきたのは、羽黒と同じくらいちっちゃな女子がひとり。



「お願いします!」



 ぺこりと頭を下げる。サラサラのショートカットが似合う、キュートな感じの女の子だ。


 素直そうな瞳でまっすぐ俺たちを見て、



「今度から武道場貸していただけるとのこと、ありがとうございます!」



 とまた頭を下げる。


 眩しい。


 羽黒だの妹だのどこかゆがんでる態度しかとれない女子に囲まれていたせいか、このピュアさが眩しくて正視できないぜ。



「うん、よろしくね!」



 そして羽黒は完全復活。


 ポニーテールを揺らして素直な挨拶をする後輩を睥睨へいげいしている。


 あのめそめそ泣いていたおさげメガネは幻覚だったんじゃないかと思うほどさっぱりとした笑顔。


 妹といい、羽黒といい、女ってめんどくさいというかほんと本性がわからんから怖いわ。



「私の名前は殿垣内とのごうち湯歌ゆかといいます! えっと、羽黒先輩、それに……おにいさん! よろしくおねがいします!」



 とのごうち……? 読みにくい名字だなあ。


 ってか。



「おにいさん?」



 なんだよいきなりおにいさんって?



「あれ? おにいさん、覚えてないんですか? ……あれあれ?」


「……ぜんぜんわからんが」


「うっそー!」



 殿垣内湯歌は素っ頓狂な声をあげ、そして俺を呆れたように見た。



「私、おにいさんの家に何度も遊びにいってるじゃないですか! 私ですよ? 私! いつも羽美ちゃんと……」



 んー?


 あ。


 なるほど、そうだったのか。


 よくよく見ると、たまにうちに遊びにくる羽美の友達じゃないか。



「君が柔道部員だったのか……」


「はい! 去年までは先輩たちがいたんですけど、もう新入部員も入ってこないし、私一人だけになっちゃって……練習相手もいなくて……えっと、羽黒先輩、よろしくお願いします!」



 またペコリとお辞儀。


 うーん、礼儀正しくてかわいい子じゃないか。


 後輩ができてうれしいのか、羽黒の顔も少しゆるんでいる。


 と、そこに、もう一人の人物が入ってきた。



「野上先生に挨拶してきたよ。おっと、君が月山くんだね、こっちが楓ちゃんね。よろしくぅ」



 中学の柔道部顧問は、女性の先生だった。


 軽い髪色のショートボブ、身長は羽黒より少し高く、体つきもひとまわり大きい。


 ま、大きいといったってそれは羽黒と比べたら、の話であって、男の俺に比べたら小柄だ。



「よろしくお願いします!」



 俺と羽黒は先生にぺこりとお辞儀、先生はそれを見て満足そうに頷いて、



新井田にいだあかりよ。亀城第二中学校の体育教師。月山淳一くんに羽黒楓ちゃんね。よろしくね……って、室側女子?」



 新井田先生は羽黒の柔道着に刺繍された学校名を見て怪訝な顔をする。



「あ、はい、あそこの付属中学出身なんです。親が離婚して引っ越しちゃったので亀城市に……」


「あら、ごめんなさいね。室側女子っていったら、中学も高校も柔道強いとこじゃないの、期待できるわね。……そうね、さっそく私も柔道着に着替えて、実力をみてみようかしら」


「はい!」



 もう羽黒の顔は生き生きとしている。


 だってもう顔がキラキラ輝いてるもん。


 そりゃそうか、今まで素人同然の俺だけを相手にしていたし、最近じゃ柔道着に袖をとおすこともなかった。


 久々にまともに柔道の練習ができると思ったら、嬉しくて仕方がないだろう。



「ね、ね、やったね、月山くん、ほんとにありがとう!」



 着替えるために教員室へいく先生の後ろ姿を見つつ、羽黒が俺に言った。



「全部月山くんのおかげだよ、やったやった!」



 羽黒のこんな明るい顔、見たこと無いなあ。


 そして、練習が始まった。


 思った通り、中学生の殿垣内湯歌は、まだまだ羽黒楓の敵ではなかった。


 打ち込みひとつとっても技へ入るスピードが違うし、乱取り(自由組み手みたいなもんだ)になると、殿垣内は羽黒を相手にして十秒も立っていられないほど。



「うわー……あの子、強いじゃない」



 新井田先生は俺に背負投を教えながらも、羽黒たちの様子を見て感心している。


 俺はというと。


 ちらちらと新井田先生の胸のあたりを見てしまうのだった。


 うむ、でかい。


 羽黒とは大違いだ、なるほど、これはいいものだ。



「いいね」



 新井田先生が言った。



「え、なにがですか?」



 なんだ、俺の心の中を読まれたのか?


 って、んなわけないか、しかし新井田先生のおっぱいはとてもいいなあ。


 そんなすけべ心満載の俺に全然気づいてないようすで新井田先生はいう。



「あの子よ、基礎ができていてセンスもある。足りないのは練習量だけ。室側女子だし、中学時代はかなりいいとこまでいったんじゃないの?」



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