第16話 ミニ羽黒



 そして試合当日の日曜日がやってきた。


 試合会場は地元の北高校の武道場。


 正直、びびった。


 なにがって、会場の中いっぱい、ほぼ全員が柔道着を着ているんだぜ?


 しかも女子だけじゃない、もちろん男子も一緒の会場だ。


 体重百キロは軽く越していそうな相撲取りみたいなやつや、俺と同じ体格なのに柔道着の上からでもそれがわかるほど筋肉むきむきなやつ。


 そんなやつらがあちこちでそれぞれの学校ごとに別れて柔道の打ち込みをしている。


 はっきり言おう。


 怖いよこの光景。


 と、そこに着替えた羽黒がやってきた。


 直後、会場全体がざわついた。



「おい、室側女子だってよ」


「まじか、あそこめちゃくちゃ強い私立だよな」


「でも隣の地区だろ、なんでここに……? 高等部あるところだよな、あそこ?」


「どういうことだ……?」



 羽黒楓の柔道着に刺繍された学校名。


 それは、柔道界隈ではちょっとは名のしれた強豪校らしかった。


 物珍しい物を見るような視線をものともせず、羽黒は飄々と俺のところにやってきて、



「地区大会くらいは軽く優勝できないと、あいつに勝てないから」



 とにこっと笑う。


 あいつ? 


 ああ、そうか、誰かどうしても勝ちたい相手がいる、とか言ってたな。


 県大会まで勝ち進めればそいつと試合できるんだ、とも言ってたような気がする。


 と、誰かが俺のズボンの裾をひっぱった。



「ねー、おにーちゃん、おにーちゃんはおねーちゃんとけっこんするひと?」



 小さな女の子が俺のズボンを握っている。


 あまりに突然のことだったので、正直ビクッとしてしまった。



「え、君……誰……?」



 ほんとに誰だよ。


 いや、でも待てよ。


 この子……。


 どこかで見たことがあるぞ。


 いや、正確にいうと、ほんとに見たことがあるわけじゃなく、ネット上で羽黒を検索したとき、そこに写っていた小学生のころの羽黒にそっくりな女の子。


 なるほど。


 考えるまでもなく、これは誰がどう見てもこの子が誰なのかすぐにわかる。


 羽黒楓と瓜二つすぎるもんな。



「ねーねーおにーちゃんは私のおにーちゃんになるひとぉ?」



 もう、なんつーかものすごくかわいい。


 ミニ羽黒というか、プチ羽黒というか……。



「……妹、か?」


「うん、ごめん。お母さん、今日たまたま仕事だし、日曜は小学校もないし、おばあちゃんもお出かけだし、一人で留守番するのいやがるし……まだ小学一年生なんだ」



 羽黒が申し訳無さそうな顔でそういった。



「試合会場までつれてきたのか……」



 そういや妹がいるとかいってたなあ。



「羽黒、この子も柔道やるのか?」


「まだ教えてない、いろいろ忙しくて……でもそのうち教えてあげるつもり」


「早い方がいいかもなあ、スポーツだと」



 なにしろ全国優勝経験のある姉の妹だ、素質があるかもしれない。



「そうだけどね。でもさ、柔道だと、高校から始めて世界選手権で優勝した人もいるんだからね。月山くんこそ、全然チャンスあるんだよ」



 そうはいってもなあ。


 そういう化物と並列に語らないでほしい。


 俺はつい最近まで運動もしたことのなかったアニオタで、初心者なんだぞ。



「じゃ、そろそろ試合始まるから。私、第二試合だから、応援、よろしくねっ」



 柔道着姿の羽黒は快活にそう言った。



「ねーねーおにいちゃんはおねえちゃんとけっこんするのぉ?」


「こら青葉、やめなさい、おにいちゃん困ってるでしょ!」



 青葉っていうのか。


 姉が楓で、妹が青葉。


 なんとなく、誕生日が類推できるような気がするなあ。


 うーん、しっかしこのミニ羽黒、小学生の女の子だということを差し引いても、かわいいなあ。


 素直そうだし、明るそうだし。


 俺の妹とは大違いだ。



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