第12話 ぴったりじゃん



 道着に着替えた俺を待っていたのは、とびきりの笑みを浮かべた羽黒と、その羽黒による過酷な基礎トレーニングだった。



「まずは、身体あっためないとね、柔軟運動きっちりして、道場内をランニング! そのあとは、腹ばいとエビと逆エビ!」



 うきうきした声で羽黒が言う。


 腹ばい? エビ? なんだか知らないが、柔道独特の準備運動があるらしい。


 腕の力だけで畳の上をはいずったり、寝そべって蹴る力だけで畳の上を往復したり、知らない人がみたら異様に思えるような運動をさせられ、終わった頃には俺は早くもへとへとになっていた。



「じゃ、次は打ち込みね! あ、打ち込みって技に入って投げる直前までの動作を繰り返すの」


「ちょ、ちょっと待って、俺、もう足腰が……」


「あのね、限界を越えてこそ、今日より強い明日の自分があるんだよ。がんばって!」



 俺はもう、立っているのもやっとだというのに、羽黒はピンピンしている、どころか、身体が暖まって本調子になってきているみたいだった。



「私、中学生の頃から毎日十キロ走ってるもん」



 やっぱり汗と涙にまみれた青春体育会系だった!


 早くも、俺は後悔し始めていた。



「ま、まじで、ちょっと、俺、やばいんだけど……」


「うーん。どうせ乱取りは禁止されてるし、今日は初日だし……。じゃ、打ち込みと投げ込みの相手だけ、してよ。その後は私一人でやるからさ」



 このあと、俺は脳味噌が真っ白になるまでめちゃくちゃ投げられたのは言うまでもない。


 最後には道場の隅っこでばったりと倒れてしまった。


 そして、道場の天井からぶらさげられた綱を、羽黒が腕の力だけでひょいひょいと登るのを眺めるだけになってしまった。


 なんだあいつ、猿か。


 こっちはもう立ち上がる力も残ってないっていうのに、どんだけ体力が有り余ってるんだよ。


 あーくそ、やばい、きつい。


 こんなの、とてもじゃないけどやってられんぞ。



「ねえ、大丈夫?」



 綱登りを終えた羽黒が俺のとなりにしゃがみ込み、顔を見下ろしてくる。


 羽黒の無邪気な表情には、少しも疲れというものが見て取れない。


 こいつ、こんなかわいい顔しておいて、気持ち悪いくらいのスタミナをしてやがる。


 だめだ、俺にはこんなん無理だ!


 申し訳ないけどもう今日限りにしてもらおう……。


 息も絶え絶えになっている俺は、



「悪い、俺はインドア派なんだ、やっぱり俺には向いて……」


「よかった!」


「へ?」


「ほら、柔道は屋内競技だし! インドアだもん! ぴったりじゃん!」



 へへへ、と嬉しそうに笑う羽黒。


 俺はうすれゆく意識の中で、やっぱり体育会系とは一生わかりあえんな、と思った。

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