可愛い迷子の黒猫を拾ったら、クラスで大人気の猫系美少女に懐かれた

チルねこ

第1話 二つの出会い

「今日雨降るって聞いてないんだが、まだ梅雨なってねえぞ」


 ずぶ濡れになった俺、猫村蒼大ねこむらそうたは、視界が真っ白になるような豪雨の中を走って帰るのを諦めた。


「いまさら雨宿りなんてしてもな」


 俺の帰り道の途中にある公園には雨宿りができそうな小屋、というか屋根がある。


 いまさら雨宿りしてもどうにもならないが、それでもカバンの中で浸水被害が発生するのは避けたいので、教科書類だけでもビニール袋に入れよう。


「ミャー」


 教科書類を詰め終えて、歩き出そうとしたが、つい足を止める。

 鳴き声がした方向を見ると、白い首輪をした黒猫がいた。


 雨にびっしょり濡れてしまっていて、かなり細く見える。


「誰かの家から逃げ出して来ちゃったのか……こんな大雨の日に」


 俺は周りにこの猫の飼い主らしき人がいないのを確認すると、家に連れて帰ることを決意した。




「ただいまー、って俺今一人暮らしなんだったわ」


 人間は誰もいない部屋に俺の声が響く。けど、俺が飼っているトラ猫のきなこが出迎えてくれた。


 親が海外出張とか、ちょっとラノベっぽいなと思う。まあ、ラブコメヒロインがいないとその意味がないんですけど。

 ……同じ会社だからって2人で一緒に海外出張行くなよ。もはや新婚旅行だろ、それ。新婚じゃねえけど。


 俺はタオルを出してきて、拾ってきた猫をわしゃわしゃと拭く。


 「にしても……綺麗な顔してんな。あ、なんて呼べばいいんだろ……名前分からないし」


 拾った猫を抱きかかえて、その顔を見つめる。透き通るような碧色の瞳が、俺を見つめ返してくる。


 飼い猫なら、初めて見る飼い主以外の人だろうけど、威嚇してくることもなくリラックスしている様子だ。


 「さて、夜ご飯にするか」


 黒猫を床にそっと下ろして、台所に向かう。


 野菜炒めでも作るか、と思ってにんじんを刻み始めると、きなこが俺のズボンに爪を立ててくる。


 「いたっ。あ〜、きなこもご飯食べたいのか」


 手を止めていつもの棚にちゅーるを取りに行くと、きなこは俺の後ろにぴったりついてくる。


 俺は2つちゅーるを取り出して、1つをきなこにあげた。


 「黒猫だから……クロって呼ぶか。クロもちゅーる食べる?」


 安直すぎる気はするけど。

 クロは、少し離れた位置から恐る恐る俺たちの様子を観察している。


 流石に、知らない人から餌をもらうのは警戒するか。


 それでも、やはりちゅーるの魔力には抗えないようだ。もう1つのちゅーるの封を開けると、クロはこちらへ駆け寄ってくる。


 クロがちゅーるを舐め始めると、きなこが「俺のじゃないのか……」って感じにじっと俺の方を見ている。ごめん。


 きなこの機嫌のこともあるし、早くクロを飼い主のところに返してあげないと。


 


 次の日、昨日と同じぐらい雨が激しく打ち付ける中、俺は傘を差して学校からの帰り道を歩く。


 もしかしたら貼り紙がされてたり、飼い主が探したりしてるかもしれない、と思って公園に立ち寄る。


 雨の日の公園は、俺ぐらいしか通る人はいないはずなのにどうやら先客がいるようだ。


 公園の屋根の下にリュックを下ろして、その人影に近づく。先客は、俺の高校の制服を着ているのが分かった。リュックの色からして同学年だな。


 俺が近づいていくと、一瞬その子はこちらを向いたものの、ぷいと茂みの方に向き直り、なにかを探している素振りを見せる。


 「……なにか探してるの?」

 「いえ……なんでもないです」


 明らかに何でもないことなさそうな、消え入りそうな声で言う。

 頬を水滴が伝ったのが、俺には雨なのか涙なのか分からなかった。


 声をかけてからようやく、その子が隣の席の花野井紬はなのいつむぎであることに気付いた。


 大きな茶色の瞳に、ベージュに近いような腰のあたりまで伸ばした長髪。華奢で、同い年であるけれど、幼く見える。

 

 控え目にいって美少女、普通に言って女神とクラスで話題になっているが、花野井さんがクラスの男子と話しているのは見たことがない。俺とも必要最低限の業務連絡だけだ。


 「……猫?」


 こんなところで探しものなんて、その可能性しかないな、と思って俺は言う。


 「え、どうして……?」

 

 花野井さんは顔を上げて、くりくりした瞳で俺を見つめてくる。さっきよりも表情が明るくなった気がする。


 「えっと……昨日この公園で迷子の子猫拾ったんだ。昨日は大雨だったし、置いて帰れないと思って」

 「じゃあ……今は、猫村くんの家にいるんですか?」

 「うん。ここからちょっと歩いたとこだから、付いてきて」

 「はい、わかりました」


  一応名前は覚えられていたみたいだ、良かった。


 「傘、使っていいよ」


 俺は傘もささずに茂みを探っていた花野井さんに言う。シャツはぐっしょり濡れているので、あんまり見ない方がいいだろう。


 「お気遣いありがとうございます。でも、猫村くんが濡れてしまうのは申し訳ないので」

 「大丈夫、俺折りたたみ傘持ってるから」



 俺はカバンに手を突っ込むと、折りたたみ傘を引き抜く。


 さっきまで差していた傘を花野井さんに託して、俺はゆっくりと歩き出した。


 俺たちふたりは、適度な距離感を保って家まで歩く。もちろん、声をかけることはしない。

 たぶん、ぐいぐい距離を詰められるのは苦手だろうし。


 まあ、とりあえずはクロが花野井さんの探している猫であることを願うだけだな。


 

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