第20話 思考

【南部戦線トロン側】


「おそらく本隊を見られる部隊が動きませんね」


 ドクトリンの視界には、まったく動きを見せないハクライの部隊があった。その数はおよそ四千から五千。レジスタンスの出せる戦力ではかなり大部分を占めるだろう。なのに、それを使う様子がない。


「あの部隊は誰が指揮していますか?」


「おそらく、ハクライという指揮官らしいです」


「おそらく?」


 それは不思議な言い回しだった。なぜなら、レジスタンスのほとんどはもともとが軍部の人間で構成されている。なので、トロンがアンドロマキア滅亡時に取り込んだ軍人たちを引き連れてきており、その誰もが知らない顔などナナ=ルルフェンズ達、新顔以外には考えられない。そんな新顔二人にレジスタンスの部隊。それも大半をサンクチュアリが任せるだろうか。


 しかし、その人数から明らかに本命の戦力ではある。おそらく、これも計算だ。


 こちらがそこをややこしく考えることも、想定内かもしれない。


 なら、最も正しいやり方はノイズを取り除く事。ナナ=ルルフェンズとの戦いにおいて、ハクライの率いる部隊はノイズだ。問題を解決するには、できる限りクリアな状態に持ち込むこと。なら、こちらにもノイズになる部隊がある。


「あの、伝令をお願いします」


「はい、なんでしょうか」


 近くにいる適当な兵士に声をかける。彼は非常に丁寧な対応だ。


「山の麓にいる相手の本隊をくぎ付けにしてください。私の部隊で山の上にいる少数を相手します。こちらへと攻撃をさせないようお願いします」


 山の上にいるのがアンドロマキア最強の少女ナナ。


 ドクトリンは直接、見たことがない。彼女の指揮する部隊と戦ったことも、その戦闘を見たことも無い。しかし、サンクチュアリよりも、アルタイルよりも、故・アンドロマキア大将軍のエンデヴァーよりも上だとベルトラン大将軍がそう評したのだ。興味が尽きないし、ドクトリンの名前を挙げるにも十分だ。


 文官。それはあまりよい扱いを受けない。頭の良いものは、なかなか好かれないものだ。特にベルトラン大将軍が病床に臥せったことで軍部はかなり増長し、政府資金をめぐってたびたび文官と対立している。


 それを黙らせるには、ここで結果を出せばいい。


 ナナ=ルルフェンズよ。さあ、勝負だ。

「そして、前方の部隊に通達。速攻で山を落としなさい」


「かしこまりました」


 伝令役がすぐさま飛び出す。放たれた弾丸は、もう止まらない。

 

「よし。進め、山中にいるレジスタンスの軍を殲滅しろ。それと、敵の大将ナナ=ルルフェンズはできる限りは無傷でとらえろ。銀色の髪をした少女だと聞いている。生きて捕らえたものには爵位を与える」


 ドクトリンの指示が届くと同時に、トロンの誇る最強兵器が動き出す。


 魔法使い部隊。基本を炎、水、風、雷の四つを一般人でも使えるように魔道具を授けられた部隊だ。トロンはその工業力を魔道具製造に割り振ることで、大陸で初めて魔法使いの部隊を編成することに成功した。

 その力を持って各地へ侵攻し、大きな領土を得た。


 そして、山中へ侵攻した魔法使い部隊を待ち受けていたのは、矢の雨だった。


「弓部隊か、厄介だ」


 山の中とあって、暗い。先鋒として投入された第一部隊の魔法は炎で、暗視の能力は普通の人間ぐらいしかないので、暗闇で擬人兵を相手にするのは不利だ。


 逆に擬人兵には、暗闇など関係ない。ナナは魔力の流れを読み取ることができるから、視界ではなく魔力の動きを五感では無い部分で周りの状況を把握することができる。これも、ナナの大きな武器だ。


「邪魔な木はなぎ倒せ。敵の弓部隊は進行方向にいる奴のみを倒せ」


「了解」


 そう言った兵士たちの手のひらに光がやどり、そこから炎が放たれる。その炎が木をなぎ倒し、道が生まれる。炎が草木を燃やし、光が生まれる。無いものは生み出せばいい。それが、魔法の使い道だ。


「よし、進むぞ!」


 先頭を走る兵士は思った。これならいけると。ナナという指揮官も大したことは無い。順調に進軍できているし、ここで結果を出せば魔法使い部隊の立場も上がるだろう。そうすれば、よりよい待遇を得て。


 しかし、そんな余裕はない。


「隊長! 前方に影あり」


「何?」


 確かに前方の木の間から、何かが出てくる。それは弓を構えて、こちらに向けて放った。正確無比に放たれた矢が、まっすぐに向かってくる。


「危ない!」


 その弓から放たれた矢は、魔法使い部隊を襲う。慌てて反撃するが、焼ききれなかった矢が部隊の数人を撃ち落とした。数人が、そこに反撃するが手ごたえはない。さらに、どんどん山中に進むほど人数が多くなってくる。


 罠だとわかっているが飛び込まざるを得ない。このまま進めば、間違いなくうちの部隊は大きく損害を受けるだろう。その恐怖がだんだんと魔法使い部隊を侵食していった。わかっていながらも、少しでも進まなければいつまでもやまない。


 退けば味方に討たれる、しかし進めば攻撃は苛烈。魔法使い部隊は、もう逃げ道を奪われていた。しかし、それはナナの作戦通りでトロンの先陣は気が付かない。


 相手の実力を理解するには、相手の足元に及ぶ実力が無ければいけない。


 トロンの一般兵程度が、ナナの考えなどとても思い至るわけもない。


「敵はどこだ? どこに潜んでいる?」


 敵は見事に連携のとれた動きで、弓を放つペースも不規則なのでただひたすらに魔法で矢に対して応戦しながら進むしかない。そんな彼らに、さらなる恐怖が襲いかかる。それは、ナナも知らない話だ。

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