第6話 魔法学校

 ラブライ王国魔法学校。

 王都から馬車で一時間ほどの外れにあり、周囲を広大な草原に囲まれた施設。

 国内外問わずに選ばれた優秀な人材や名門貴族の家系の生徒たちが全寮制という環境で過ごす学び舎である。

  

 入学後、新入生はまず半年間は同じ魔法の授業を受け、その後は複数のクラスに分かれ、生徒たちはそれぞれ希望する分野を学んでいく。


 魔法使い。魔法剣士。魔法研究。魔法騎士等、様々なクラスがある中でカノンは学校内でも花形である魔法騎士クラスに所属していたが、これまでは騎乗の成績が伴わずに落第などの危機であった。


「うわ~、速い! オーレに背負ってもらったら、予定より全然速くに着いちゃった」

「オーレ、ハヤイ。カノン、イエ?」

「うーん。家ってわけじゃないけど、学校……何て言うんだろ? え~、友達、たくさん。勉強、する」

「オー、ベンキョウ……トモダチ……トモダチ、カノン」

「うん。あっ、でも……学校に居る友達は友達。二重まる友達はオーレだけだよ!」

「オー!」

「も~、喜んじゃって、かわいいじゃないのよぉー!」


 学校の門の前でそんな風に仲睦まじくしている二人だったが、そのとき……


「おい、アレ……誰だ? あんな汚い格好の男」

「うわ、何アレ……物乞いかしら? 誰か、先生を呼んできた方がいいんじゃないの?」

「ん? ちょっと待て、あの男、誰か背負ってるぞ? アレは……え!? カノン様?!」


 学校内の中庭に居た多数の生徒たち。現在連休であり、授業もないため、各々が好きに寛いでいる。

 本来連休であれば、実家に戻ったり、王都へ遊びに行く生徒も多いのだが、それでも学校内でノンビリしている生徒たちも多数いて、皆がカノンとオーレに気づいてどよめいた。


「さーて……こっからが大変だよねえ」


 駆け寄ってくる学友たち。

 名門貴族の出であり、騎乗以外の成績であれば優秀であり、さらにはその容姿に惹かれる生徒は多く、カノンは学内でも有名でそれなりに人気もある女子生徒。

 そんなカノンが見知らぬ男にオンブされて仲睦まじい姿で現れたら、それは大きなニュースでもあった。



「まったく、君は一体何をしているのかなぁ? ふふふ、僕の可愛いカノン♪」



 そして、集まってくる生徒たちの中で、特に一人の生徒が微笑みながら前へ出た。


「うっ……タカラ……」


 カノンが微妙に怪訝な顔を浮かべる、タカラという生徒。

 だが、微笑みながらも、カノンを背負っているオーレを見て、僅かに目尻が動いた。



「ふっ……連休に僕がデートに誘おうと思ったら、一人消えて心配していたんだよ? 騎乗成績を苦に逃げ出したとか色々と言う者もいたが、僕の下に帰ってきて嬉しいよ、僕のカノン」


「いやいやいやいや、私がいつからタカラのものになったかなぁ? ただの同じ公爵家同士の幼馴染でしょ! だいたい~、『女同士』でデートも何もないでしょ!」


「女同士で何が悪いんだい? 僕は君のように可愛らしさと美しさと凛々しさと強き意思を持った理想の女性が、男に穢されるのが耐えられない……それならば僕が……そう思っているだけさぁ」


 

 タカラという中世的な女生徒が大袈裟に、どこか劇場的にオーバーリアクションを取りながら告げる言葉に、周りの女生徒たちも黄色い声援が上がる。

 スラリとした男子よりも高い身長に、長く細い手足。

 その場に居るだけで神々しい光を放つ、一切の濁りのない整った顔立ち。

 そして、ボーイッシュなサラサラな金色の髪を靡かせて、カノンにウインクする。

 だが、そこで改めてオーレを見て……



「で、そんな僕のカノンを馴れ馴れしくオンブしている君は……誰かな?」


「?」



 口調は穏やかだが、雰囲気は明らかにオーレに対して不快そうな様子が漂っている。

 そして、タカラの言葉に皆が頷いている。

 さっきから気になっていた、「この男は何者か?」という問い。

 そして、やはり気になるかと、カノンは苦笑しながら……


「え~っと、彼の名前はオーレ。まず、私が今日……魔獣の森で襲われていたところを助けてくれて……」

「魔銃の森!? き、君は居なくなっていたと思ったらそんなところに一人で……しかし、助けたと?」

「うん。それで……えっと、まぁ、なんというか……」

「では、ひょっとしてどこか怪我でもしているのかい? 歩けないほど……」

「あ、いや、それは全然平気というか、無傷というか……」 


 説明しなければならないと分かっていてもどこからどうやって順序立てて説明すればいいかと、カノンは慎重に言葉を選びながら説明しようとする。

 だが……


「怪我が無いなら幸いだ。なら君。僕のカノンを救ってくれたことに礼を言うが、いつまでも背負ってないで、カノンを降ろした前。カノンは僕と同じ、王国の六大公爵家の人間。あまり人前でそういったところを、ましてや貴族でもなさそうな男がやるものではないよ」



 と、タカラが近づいて、オーレからカノンを降ろそうとしたそのときだった。


「バッテン!」

「っ!?」


 オーレが身を捩って拒否した。


「わ、オーレ!?」

「おい、君……なんのつもりだい?」

 

 タカラが鋭い声と目つきでオーレを睨む。

 その手は……


「あ、タカラ!」

「きゃー!、タカラ様が……」

「タカラくんの手の甲が赤く……」


 オーレが身を捩った時に、タカラの手の甲をぶつけたのだ。

 六大公爵家の令嬢という、この学校だけでなく、この国全体の中でも高位に位置する身分のタカラに怪我を負わせる。

 それがどれほどのことか……


「カノン、オーレ、トモダチ!」

「……は?」


 しかし、そんなことはオーレにはどうでもよかった。

 オーレにとって重要なのは、降りようとしていなかったカノンを、唐突に現れた目の前の者が無理やり降ろそうとした。

 自分とカノンの間を裂こうとした。それが問題なのだ。


「待って、タカラ! ごめん、彼はずっと森の中で育ったようで、言葉もあんまりまともに喋れなくて、ちょっと気が立っているだけで―――」

「森の中? だと! カノン、君はそんなどこの馬の骨かも分からない原人を引き連れて、何をしているんだ!」

「えっと、それは……トモダチになって―――――」

「友達? バカを言うな! 僕たちがどういう存在であるか、君も分かっているはずだ!」


 すましていたタカラが感情剥き出しになって、カノンに怒った。

 自分たちがどういう立場であり、どういう存在であるかをカノンに対して物申そうと言葉を荒げる。

 だが……



「グルル、ガオオオオオオオオオオオオッ!!」


「ぬっ!」


「オーレ!?」


「「「「「ひいいい!!??」」」」」



 それは、自分の大切なカノンに攻撃的な態度を取った敵とみなしての威嚇の咆哮。

 空気が震えるほどの野生の雄叫びに、タカラは思わず距離を取ってしまい、周囲の生徒たちは震えて中には驚いて腰を抜かす者もいた。


「き、君は……随分と、躾がなっていないようだな」


 腰元に携えている剣に手を添えてオーレを睨むタカラ。

 カノンもその状況に慌てて、声を上げる。



「待って、オーレ、落ち着いて、ドウドウ! ね、タカラも下がって! オーレは私を心配して怒ってくれただけで、全然悪い子じゃないの!」


「何を言う、カノン! どう見ても凶暴そうな、まるで獣のような野人ではないか! カノンと何があったかは知らないが、こんな危険な生物は……駆除しないと―――――」



 次の瞬間、タカラは剣を抜いてその刃先をオーレに向けた……その時だった。



「ガルルルル、ガウウウウッ!!」


「ッ!? なっ、は、速―—————」



 オーレがカノンを背負ったまま走り出し、そのままタカラと交差する。

 そして……


「っ、な、なにが……」


 タカラは反応できなかった。駆け出して、交差して、自分の横を通り過ぎたタカラ。

 だが、その身体に何の異変も怪我もない。

 何もされなかった?

いや、違う。



「……えっ!?」


「「「「「ッッ!!??」」」」」



 タカラがソレに気づいて驚愕する。

 周囲の生徒たちも言葉を失う。

 それは、タカラが抜いた剣の刀身から刃先まで、真ん中半分から無くなっているのである。



「グルルルル」


「オ、オーレ……」



 そして、オーレが振り返る。

 タカラも顔を青ざめて振り返るとそこには、刃先から刀身の一部を口に咥えているオーレが唸っていたのだった。

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