43話 華の語り

 なぁこれは昔話だよ。

 馬鹿な話だ。

 前に聞かれて答えてなかっただろう。

 だから教えておこうと思って。


 昔、大切な友がいた。

 若と呼ぶ同年代の好青年だ。

 俺とは違って、いや周りとも異なっていたよ。

 汚れなく美しい、この汚れた夜の町には似合わない男だった。


 それなのにわざわざ月花に入った、風変わりな奴さ。

 奴にも事情があったのだろうが聞いてない。

 どうでも良いからな。


 部下のくせに面と向かって、俺のこと「嫌い」と顔を顰める面白い奴さ。


 周りの方が青褪めて慌てたのが、また滑稽だった。


 だが、俺は。


 上に立つものとして育てられて、対等も目上もいない俺からすれば、物怖じせず発言するやつのお陰で、自分が普通であれる気がした。


 やっと同類を見つけた安堵感を覚えた。


 楽しかったよ。

 馬鹿やって喧嘩して、互いに敬語もなく話すのはな。

 


 ……気が、しただけだった。



  あれは、俺を命投げうって守った。

 さっきまで笑って「本当にそんなところ嫌い」だとじゃれてきたのに、死が迫った瞬間崩れた。


 なぜだ、と問うた。

 なぜ庇った、と。


 奴は血泡をこぼしながら、焦点の合わない目で見上げながら言った。


 あなたはあとを継ぐべきだと。命の重さが違うのだと。

 


 そいつは、最後の最後で敬語を使った。



  俺はね、思い違いをしてた。

 所詮彼も月花の一員、俺が嫌う月花だった。


 命の優先を間違った、命に価値の差をつけている。

 仁義を大事に。

 自分の血の繋がった家族も悲しいくせに「あなたを守って死んだ彼を誇りに思う」などとのたまう、壊れきった世界。



 だけどな、彼女だけは、違う。



 彼女の立場は中途半端だ。

 片足を突っ込んでいるのに町には沈み切っていない。


 だが。たとえ、その身を全て浸されたとしても信念は変わらないだろう。

 何処までも生に執着する姿に惚れて、焦がれた。

 絶望しても諦めない態度に。



 この世の人間は、 死ぬことを恐れるか恐れないか。

 彼女は恐れていない。

 ただ一つの願いのために生きようとしている。


 死にたくてたまらないくせに、生きなければと足掻く執着の強さに惹かれた。



 あれほど美しく生きれたら。


 彼女は間違わない。

 俺を身代わりにしてでも、どこまでも自分を守るだろう。


 その気高さに。哀れさに。



「——心底、惚れた」


 

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