決勝トーナメント開始。

「いや〜、やっぱり三年A組だろ。去年のアレがなきゃ、地区大会でいいとこまでいけた面子だぜ」

「おいおい、二年の試合見てないのか?」

「だよな。──戸塚だっけ? あいつの投球はヤバいぜ」

「ちょっと待った。シードの一年も侮れんぞ」

「ああ、そういや、アリアちゃんが打ちまくってたな」


 校庭の片隅で、多数の男子生徒達が決勝戦の予想をしていた。


 学年ごとの試合は全て終わり、小休止を挟んだ後に決勝トーナメントが始まるのだ。


 一年B組、二年C組、三年A組が勝ち残っており、まずは二年と三年の試合──つまりはオサム監督率いるチームと、万丈目楓子率いる元野球部チームが対戦する。


「さあ、張った張った──残り時間まで後少しだぜッ!!」


 お調子者の京極は、ノートにびっしりと書かれた氏名と謎の数字を見詰めながら、いまだに予想を決めかねている連中に声をかける。


 その隣ではゴリラ伊集院が札束と小銭を数えていた。


「女子とは思えない打撃センスを見せる極上金髪美少女か、それとも去年の無念を元野球部達が晴らすのか、はたまた学園覇道を突き進む神様仏様我等のオサム様が──」


 大会レギュレーションを満たすために代走で一度だけ出場した京極は、決勝トーナメントの試合では戦力には含まれていない。


 ゆえに、童貞脱出に向けた資金稼ぎに勤しんでいた。


 ──ぐふふ。帰国子女なら、寿司で落ちる可能性がある。

 ──回らん寿司屋に行ってやるぜッ!!


 京極は、実に高校生らしくない女子攻略を目論んでいた。


 なお、自クラスより我欲を優先させているのは彼だけではない。


「ほら、声が小さわよっ!!」


 チア部を引き連れた天王寺キララが、一塁側応援席の最前列に陣取っていた。


「あ、あのね、入部してくれたのは嬉しいんだけど──」


 球技大会直前、唐突にキララからの入部希望を受けたチア部は大いに湧いた。来年度の部員勧誘が楽になると考えたのである。


「特定クラスだけを応援するのは問題があるっていうか──そのぅ──」


 新入部員でありながらもキララの強引過ぎるリーダーシップにより、チア部は朝から二年C組だけを応援し続けているのだ。


 当然ながら各方面よりクレームが入っていた。


「雑魚モブには好きに言わせておけばいいのよ、さ、早くセットアップ!」


 そう言ってキララはホイッスルを鳴らすと、きらきらのポムを天高く掲げた。


「だから、そういうわけにも──」

「もう、何辺言わせりゃ──きゃああっ、オサムきゅうううんっ💕」


 黄色い声援と共にキララが激しくポムを振る先には、整列と礼を済ませたオサムがマウンドへ向かう姿があった。


 元野球部員の奮闘や金髪極上美少女アリアの活躍、そして球速150キロを投げるオサムへの注目も相まって、今年の球技大会は例年にない盛り上がりを見せている。


 二年C組が守備についたところで、キャッチャー水島の背後に立つ主審が手を上げた。


「プレイボールッ!!」

 

 ◇


 呪禁道を流派とする陰陽師にして、万丈目楓子の父親は全身全霊でオサムへ呪法を放っている。


 その甲斐あってか否か、オサムの肩は未だに重い。


 とはいえ、決勝トーナメントに至るまで、全打者を三球三振に仕留めている。また、オサムの剛速球を捕球し続けている水島も称賛されるべきだろう。


 総じて良いバッテリーだと言えた。


「でも、それだけのチームです」


 三年C組の攻撃となる二回の表は、四番打者から始まる。


「ですから──」


 敏腕マネージャー楓子から何事かを耳打ちされた選手は、少しばかり納得のいかない表情を浮かべつつも素直に頷いた。


 彼がバッターボックスに入り構えると、投球モーションに入ったオサムを凝視し──、


「くそっ」


 水島が吐き捨てると同時、四番打者はバントの体勢を取り、三塁側の絶妙なコースへ球を転がすように弾いた。


「サード!」


 左手でサード方向を指差し、水島が声を張り上げる。


 未経験とはいえ運動能力の高い面子を揃えた内野だったが、バント処理は慣れていないと意外に難しい。


 慌てた三塁手はどうにかグローブに白球を収めたが、ファーストへの送球が遅れたうえ制球にも難があり内野安打となってしまった。


「どんまい、どんまい」


 水島はキャッチャーマスクを上げて、オサムと内野陣に対して声をかけた。


 ──ま、そりゃそうするよな。

 ──ヘボ先輩達じゃ打てねぇけど、バントで転がすなら何とか……。

 ──そもそも、こっちの内野なんて素人だし。


 三塁側で腕を組んでいる楓子の様子をチラリと見ると、次の打者へも何事かを耳打ちしているのが分かった。


 ──何度もバントさせるかよ。

 ──こうなったらインコース高めに──、


「おう、久しぶりだなぁ。チクり野郎」


 大柄な男──アヤメとミカに頭を下げた男は、ゆっくりとバッターボックスに入りながら水島に話しかけた。


「もう二度と野球しないんじゃなかったのか? あ〜ん?」

「──ちっ、クソが」

「野球が嫌いになってボクちゃんチクりました〜。テメェはそう言って──」

「プレイッ!」


 主審は無駄話を遮り、バッターに構えるよう指示を出した。


「はいはい。分かりましたよ」


 そう言って苦笑いを浮かべた後、ようやくバットを眼前に立てて構える。


 投げるコースについてのみサインを決めており、インコース高めという水島の指示に、マウンドに立つオサムが小さく頷いた。


「ふん、インハイ投げますってか。相変わらず単純で分かりやすいね〜」


 インコース高めがバントし辛いコースであるというのは基本中の基本である。


「お前が、そんなこったから──」


 振りかぶるオサムを睨みながら、彼はささやき続けた。


「──マユミ先輩が追い込ま──」

「てめええええええっ!!」


 相手の言葉を遮るように叫び、水島が立ち上がる。


 観客にも、主審にも、味方チームにも、そして投球モーションに入ったオサムにも──誰一人事情が理解できないまま、水島充はブチ切れてしまったのである。


「あ──」「ばかっ」「水島っ!!」


 結果的に捕球されなかった球は、主審のインサイドプロテクターに弾かれて、三塁側のファールゾーンへ転がっていった。


 敵の目論見に気が付いたとて、全ては後の祭りである。


「へへへ」


 慌てて白球を追うキャッチャー水島を尻目に、リードを大きく取っていた一塁走者は悠々とサードを落としたのだ。


 敵はノーアウト三塁、先制点奪取のチャンスとなった。


 ◇


 他方、立入禁止の学校屋上では、黒装束に身を包んだ男が校庭を見下ろしていた。


 呪法を送り続ける楓子の父、万丈目である。


「朱雀、玄武、白虎、勾陣、帝禹、文王、三台、玉女、青龍」


 九字真言を唱えつつ、大威徳明王の印を手刀で結んでいく。


蘇婆訶そわかッ!」


 成就を祈念する真言で締めた後も、マウンド上で肩を回す少年を射殺すかのような形相で凝視していたが、ようやく四肢の力を抜き浅く息を吐いた。


「ふぅ──そろそろ倒れても良さそうなものだが……。あやつ、魑魅魍魎のたぐいか?」


 自身の体得した術をもってすれば、人を呪殺することすら可能と固く信じていた。


 実際、遥か昔に彼を虐めた同級生数名は不慮の──、


「愚か者がッ!!」

「む!?」


 何度も言うが立入禁止なはずの屋上で、もう一人の銅鑼声が響いた。


「き、貴様──」

「ほほう。知っておるようだな、ワシの高名を」


 歌舞伎役者のごとくカラフルな和装を着た男──保険制度を悪用し、己の私腹を肥やし続ける病院長だった。


「──いや、知らんが──怪しい奴だな」


 と、同じく怪しい男が言った。


「ならば伏して聞けい。ワシこそは芦屋道満の血を受け継ぐ真なる陰陽師」


 いよいよ歌舞伎めいた口上となった。


芦屋あしや金満かねみつであるッ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る