オサムの成長 その④

戸塚オサムの決心

「はぁぁぁ、アリアちゃんって可愛いなぁ」

「だな。可愛くて──何だかエロい──た、たまらんぜっ」

「(ほげ〜)」


 京極、サッカー部男子、ゴリラ伊集院は、間抜けな顔をフェンスに押し当てて、女子テニス部の練習風景を眺めていた。


「天王寺と同じクラスに転校して来たんだけど、既に男からの人気は天王寺を凌駕し始めてるらしいぜ」


 癒し系キャバ嬢ユウナが妹と共にアメリカへ発ったため、脱童貞を目指す京極は美少女情報の収拾に再び精を出していた。


「非ロリで、ガチもんの美少女だもんな」


 元スーパーロリアイドルの牙城を崩し始めた金髪極上美少女、一ノ瀬アリア・フォース。


「まじかよ? キララちゃんと張ってんのか……。やっぱ金髪ってつえーのな」


 サッカー部をサボり、バカ二人に付き合っているバカは、やはりバカな意見を呟いた。


「ハーフってなぜか可愛いんだってば。ん? つーか、ゴリ──伊集院も乗り換えたのかよ?」


 随分と大人しくなったとはいえ、本人を前にしてゴリラと呼ぶ勇気は京極に無かった。


 ──オサムさんには及ばないけど、俺よりは強いからな。


 かつては暴力で校内の雑魚メンを締め上げていたのだ。


「お、俺は──両方いけるタイプだ」


 ロリも非ロリも好きだ、という意味である。


「へえ、奇遇だな、お前もか。俺も同じだぜっ」

「もちろん、俺もそうだ」


 そう言って三人は顔を見合わせた。


「なんかさ──、俺等って気が合うよな!」


 ◇


 バンッ──と激しい音を立て、『緊急対策会議』と書かれたホワイトボードをキララは平手で叩きつけた。

 

 その弾みで一枚の写真が床にひらひらと舞い落ちていく。


 ラケットを手に爽やか笑顔を浮かべる一ノ瀬アリア・フォースが写っていた。


「こいつは危険極まりない女よ」


 右足で写真を踏みしめながら憎々しげに呟く。


「速やかに排除しないと不味いわッ!」


 天王寺キララの緊急招集により、校舎の片隅にある空き教室に集められているのは、双葉アヤメと白鳥ミカである。


「は、排除──?」

「アホくさ。無理に決まってんでしょーが」


 呼び出された二人は少しばかり呆れていた。


 オサムのことで至急の打ち合わせが必要と言われ来てみたが、もっか校内の話題を独占している転校生を排除したい──などと言われても困ってしまうのだ。


「あんたらも見たでしょッ! あの転校生は、基地でオサムきゅんに抱きついたクソ外人なのよ!! 危なすぎる、危なすぎるわッ!!!」


 おまけに自身の頭頂部を、跳び箱代わにされるという屈辱まで受けているのだ。


「ぷぷっ。あーし的には面白かったけど──」

「ちょ、ちょっと白鳥さん」

「うっさい!」


 キララは髪をかきむしりながら怒鳴った。


「陰キャおっぱいと低能ギャルも危機感持ちなさい!」

「ひ、ひどい」

「あ? てめ──」

「と・も・か・くっ」


 靴の跡がついた写真を拾い上げると、細かく切り裂いて宙に放り投げた。


「唐突に転校してきたクソ外人の狙いは明らかなのよ。こうなったらぐりぐりに苛め抜いて学校に居られなく──」

「つーか、オサムにバレたらやばいっしょ」

「うん。ホントの兄妹じゃなくても──多分──妹さんみたいな感じなんでしょ?」


 双葉アヤメの聞き間違いでなければ、確かに「お兄様」と言ったのだ。


「んじゃ、どうすんの。このまま放っておくわけ?」

「それは──」


 小中学校時代のトラウマを克服するため、全ての人間関係を打算的に構築してきたアヤメには一つだけ確信していることがある。


 二者の関係性は、決して二者間だけで成立するものではない。


 さらに言えば、自身のペルソナすらも本人の意思だけでは成立しないだろう。周囲の合意形成に基づき形作られていくのだ。


 個の価値とは、閉ざされたネットワークの中で、相対的でなおかつ流動性が高い。


「つまり、クソ外人の評判を落とせばいいってこと?」

「う、うん」


 自分を魅力的に見せたいならば、自分を磨くよりも他人を貶めた方が手っ取り早い。


「くくく、いいじゃない──。いい提案じゃないのよ、アヤメ」


 キララが妖しい笑みを浮かべ、アヤメの頭を撫でた。


「そ、そう?」

「なるほどねぇ」


 そう言って三人は顔を見合わせた。


「なんか──、うちらって気が合うわね」


 ◇


「てめぇ──戦争でも始める気なのか?」


 オフィスを訪れたオサムから手渡されたリストを見詰め、船橋キャバクラ王のジョンは呆れた様子で呟いた。


「毎度、お前の伝手を頼って悪いが全てを必要としている。市場価格に二十五%を上乗せして支払う用意もある」


 グレートリカバリー教会を手中に収めたオサムはさらに資金的な余裕を得ていた。


「に、二十五……」


 結果としてジョンの懐に入る手数料も莫大なものとなる。


 世界的疫病により被った飲食業界のダメージは、ジョンが率いるグループにも及んでいたのだ。


 危ない橋を渡る価値と、そして何より必要性があった。


 ──ロリコン野郎だとしても、金は持ってやがるからな……。


 ジョンのオサムに対する誤解は未だに解けていない。


「分かった、やるよ。──だが、過剰なドンパチの理由は何だ?」

「殺したはずの相手が舞い戻ってきた」


 あまり感情を表に表さないオサムの瞳に明確な憎悪が宿っている。


「つまりは──四号を始末せねばならん」


 戸塚オサムは、改造人間三号である。


「ケリをつける」

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