さっそく遭難します。

 どうして、こんなことになったのかな……。


 双葉アヤメは曇天を見上げ、憂鬱な気分で上着のポケットに手を入れる。


 校庭で集合した時は晴れていた空も、来栖岳に着いてからは曇り空となっていた。

 

 登山口付近に位置するホテルに着いた生徒達は、昼食を摂った後に制服からジャージに着替え、伝統行事であるオリエンテーリングに参加していた。


 オリエンテーリングとは、地図とコンパスを頼りにチェックポイントを回ってゴールするという――アレである。


 人数が多すぎるため、大きく五つのグループに別れており、グループの中で班ごとに到着順位を競う。


 オリエンテーリングでも一年生は、チューターと行動を共にする。


 そのようなわけで、戸塚オサムが所属する班は、総勢十四名でスタート地点を出発したのだが――、


「つうか、どこなんだよ?――ここは」


 サッカー部男子は苛々とした口調で、何度目かとなる疑問を周囲にぶつける。


「スマホがあればな」


 コンパスと地図を見比べながら、力なくイケメン氷室ひむろが答えた。

 

 各班は、スタート地点でスマホを教師に預けるルールとなっているため、誰も持ち合わせていない。


「――はぁぁ、マジでどん臭いバカのお陰で大迷惑だっての」


 サッカー部男子は本音を隠さずに言った。誰も口にはしないが、全員が内心で秘かに思っていたことなのだ。


 彼等が座り込んでいる狭い山道の片側には、急斜面の岩肌があった。


 安全柵も無い妙なコースだったが、地図と標識を信じて進み続けたのである。ところが、三十分以上歩き続けてもチェックポイントが見当たらなかった。


 また、他の班とも出会っていない。


 さすがに戻ろうとなったところで、お調子者がふざけた拍子に、片側の急斜面を転がり落ちてしまったのである。


 モブ女子は、天王寺キララ以外の狼狽える一年生達を引き連れて、救助を呼ぶために道を戻っている。


 この場に残っているのは、アヤメ、氷室ひむろ、サッカー部男子、そしてギャルのみだった。


「でも、あれ――生きてんのかな?」


 怖る怖るといった様子で、ギャルが急斜面を覗き込みながら言った。


 草木の少ない岩肌の斜面で、底となる地面も硬そうな岩地である。そこに落ちた間抜けなお調子者は、伏せたままで身動きをしていない。


「あ、すげっ。ホントに来たよ、BJと――」


 遥か下方の岩地に、登山リュックを背負うオサムがいた。


「――キララっちもだけど」

「え、ほんと?」


 諦めて直ぐに戻ってくるだろうと思っていたアヤメも、慌ててギャルの傍に寄って下を見下ろした。


「うわぁ」


 降りられそうな斜面を探すと言って姿を消した戸塚オサム。

 付いて行くと言って、周囲の制止も聞かず行動を共にした天王寺キララ。


 ふたりは――というよりオサムは、どうにかして底へ至る経路を見付けたのだろう。


「凄い」

「――ね」


 アヤメとギャルは、BJオサムであることを一瞬忘れて素直な思いを口にした。


 一方で、氷室ひむろとサッカー部男子は口を閉ざしたまま、関心無さそうな素振りを見せている。


 危ないから放っておこうと強く主張していたせいもあった。


 お調子者は自分達のグループとはいえ、にぎやかしと引き立て役程度の価値しか無いのである。


 もちろん、死ねば後味悪く感じるだろうが、リカバリー不可能というダメージではない。


 事故時のイロハから言っても、救助を待つ方が賢明だろう。


「やった、丸だってさ」


 ギャルが安堵した様子で言った。

 

 お調子者に息があった場合は、両腕で丸を作るとオサムは言い残したのだ。


「うん」


 少しだけ明るい気持ちとなり、アヤメはギャルの言葉に頷いた。


 登山リュックを降ろしたオサムは、お調子者の傍にしゃがみ込んで応急手当らしきことをしている。


 だが、徐々にその姿がボヤケ始めていた。


 霧である――。


「おいおい、霧って朝か夕じゃないのか?」


 急斜面だけでなく、アヤメ達が座り込む場所も、周囲を急速に霧が覆い始めていた。

 霧の発生は気象条件に左右されるため、何も朝夕に限った現象ではない。


「やだ――怖いんだけど」


 周囲にいる人間は見えているが、細い山道の先はもはや見通せない。


 モブ女子と一年生達が、未だスタート地点に戻れていなかった場合は、さらに迷ってしまう可能性もある。


 ――うう、こんな時にまた――おしっこが――。


 恐怖を感じたアヤメの尿意が上昇し始めた時――、


「ぎゃああああああああッ!!!!」


 霧の向こうから、絶叫が響いた。

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