第3話 王国の外へ!

「どどどどど、どうしよう!」


 ミスティが目に見えて動揺した。


「めっちゃ慌てるじゃん!」


「だって、全然ウーサーのこと育てられてないじゃん! レベル足りないって! クソゲーじゃんこんなのーっ!」


「言ってる意味は分からないけど、やばいことだけ俺と共有されててよかった! じゃあ……逃げるぞ!」


 俺たちはその場から、全力疾走を始めた。

 スラムは王都の端にある。

 だが!


 人の足が!

 馬に勝てるわけ無いのだ!


「もっ、もう限界なんだけど!!」


「奇遇だなあ! 俺も限界だあ!」


 すぐ後ろまで迫る、憲兵の馬。


「いたぞ! 異世界召喚者だ! 捕えろー!!」


「ガキは殺せー!!」


 俺の扱い!!


「ひぃーっ! あ、あたしといると、こういう試練がちょいちょいある……!」


「か、勘弁だなあっ!」


「で、でも、悪いことがあったらいいことも……!!」


 ミスティが息も絶え絶えでそう言った時。

 何の前触れもなく、突風が吹いた。


 それはスラムのバラックを一吹きでぶっ壊し、屋根を空に舞わせる。


「な、なんだーっ!?」


 背後まで迫っていた憲兵の一人が叫んだ。

 振り返ったら、そいつに飛んできた屋根が直撃するところである。


「ウグワーッ!?」


 馬の上からぶっ飛んでいく憲兵。

 馬だけが無事で、背中が軽くなったもんだから勢いよく突っ走ってくる。


「い、今だあ!!」


 走ってきた馬に取り付く俺。

 人間、追い詰められるとすごい力が出るものだ。

 俺は馬にしがみつくことができた。


 そして、今にもぶっ倒れそうなミスティに足を突き出す。


「掴まれミスティ!!」


「し、死ぬぅーっ!!」


 ミスティは凄い形相で弱音を吐きながら、俺の足にしがみついた。

 すると再び風が吹き、俺たちは馬の上へと押しやられた。


 馬はいきなり背中が重くなったので、「ひひーん!?」とびっくりしたあと、全力で突っ走り始めた。

 速い速い。あっという間に、他の憲兵たちを千切って王都と外を隔てる壁までやって来た。


 スラムを覆う壁はおざなりで、しかも低い。

 これなら馬でジャンプさせれば超えられるか……?

 いや、馬ってどうやって操るんだよ。


「ね、ねえ見てウーサー! 銀貨! あの憲兵、銀貨持ってた!」


「銀貨!? ま、マジで!? うおわーっ、初めて見た……」


 テンションが上がる俺とミスティ。

 そう、これは現実逃避である。

 この先、どうしたらいいかさっぱり見当もつかない。


「ああ……もっと成長させる期間ほしかったなあ……」


 迫る壁を前に、ミスティがポツリと呟いたのだった。

 そして、壁に激突する馬。


「ひひーん!」


 宙にふっとばされる俺たち!


「ウグワー!」

「ウグワー!」


 お互いひどい悲鳴を上げながら、くるくる回って壁を飛び越えていった。

 さらば、馬……!


 俺は空中でミスティの手を握る。

 ミスティは銀貨が入った革袋を抱きしめている。


 えっ……俺じゃないの?

 お金?


 俺がちょっと真顔になった瞬間、二人揃って何か柔らかいものに突っ込んだのだった。


「ウグワッ!?」

「ウグワー」


 あー、もうミスティの悲鳴にやる気がない。


 俺たちが飛び込んだのは、藁の山だった。


「……ね?」


 藁の山から顔を半分だけ出しながら、ミスティが言った。

 何が、ね? だ。

 あ、これが運命と宿命とか、そういう能力なのか。


 藁の山は、俺たちをめり込ませたまま動き始める。

 これはどうやら、荷馬車のようだ。

 俺たちは、王都を出た荷馬車に突っ込んでしまったのだ。


「……なんとかなるもんだなあ……。まさか憲兵から逃げられるとは思わなかったぜ……。ミスティのスキル様々だな」


「そうだね……。どうにかなるのよ、あたしの場合。問題は、あたしの体がこの悪運みたいなのについてけないってことなんだよねー」


「もしかして、動けない?」


「力尽きたぁ……」


 めちゃくちゃ走ったもんな。


「あ、はい、銀貨……」


 凄いガラガラ声だぞ。大丈夫か……!


「お、おう」


「ウーサー、両替能力だもんね。お金はたくさんあったほうがいいと思って……」


「えっ!?」


 俺は衝撃を受ける。

 それってつまり……。

 空中にふっとばされて、俺じゃなくお金を取ったわけじゃなかったってわけ……!?


 俺のために金を確保してくれたって、つまり俺のためじゃん……!!

 ジーンと来た。


 もうこの女、絶対に守る。

 俺は決意した。


 それはそれとして……。


 革袋から取り出した、銀色の硬貨を手に取る。


「これが……銀貨かぁ……」


 太陽の光に照らされて、銀貨がキラリと輝く。

 空には、赤い太陽と幻の太陽の2つが登っている。


 双方の光を受けて、銀貨はキラキラと反射するのだ。

 あちこち手垢とかで黒ずんでいるけど、綺麗だなあ銀貨。


「銀貨ってさ」


「うん?」


「銅貨よりも小さいんだなあ」


「そりゃあそうでしょ。だって銀って全然価値があるもん」


「そんなもんかぁ。でさ、銀貨って鉄貨だと何枚分くらいの価値があるんだ?」


「うーん? 百枚くらい?」


「……百? 百って、十とか二十よりも上の百?」


「それ以外に百って無いでしょー。算数苦手?」


「算数ってなんだよ」


 銀貨、半端ねえな……!

 黒パンが百個買えるじゃないか!

 あ、いや、待て。


 鉄貨四枚の値段の白パンなら幾つ買えるんだ?

 えーと、えーと?


 俺が指で必死に計算しようとしていると、体力が回復したらしいミスティが起き上がってきた。


「あたしも割りと勉強できない方だと思ってたけど、ウーサーもっと苦手っぽい? 仕方ないなあー。お姉さんが少年に勉強を教えてあげちゃおうかなー」


「うわあ、お姉さんぶるんじゃねえよ! あと少年って呼ぶなあ!」


 藁の上で、わちゃわちゃとする俺たちなのだった。

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