第11話 カウンセリング

 「もしもし?久しぶり、最近どう?研究室は相変わらずカツカツか?」


 電話口で少しガサゴソという音が入る。


 「ん?なんだよ?お前、こんな平日の昼間から、普通仕事とかしてんだろ?」


 「あぁ、立派な教師だよ、今じゃな」


 少しくぐもったような水の音。酒瓶の音だろう。


 「で、なんだ?その教師様がなんのようだ?」


 「少しな、気になることがあるんだが」


 旧友が口から空気を細く吐き出している。こういう時は、大体何かを言いたいがその前に相手の話を聞こうと自分の言葉を殺している時だ。


 「人の精神に干渉することって可能なのか?」


 「あぁ、勿論だ」


 あっけらかんとした様子で言われる。


 「マインドコントロールって俗にいうだろ?精神なんて自分で動かしている様で所詮脳みそが外部の状況から判断して操ってるだけだ、目の錯覚があるのと同じように脳みそが自分の意思を錯覚することだってある」


 「なるほど?じゃあ、質問を変えるが相手に自分の意図した映像を直接脳内に見せることって可能か?」


 「は?SFの話か?」


 「いや、割と真剣な話だ」


 ……少しの沈黙。


 「まぁ、全く意図したものを相手の脳内に送り込むなんてSFじみたことは不可能だが……やりようはある」


 「というと?」


 「相手に存在しない記憶を植え付けるんだ、割と簡単なことだ、脳みそを錯覚させるんだよ」


 いや、そういうことじゃない。多分、あれはそういう次元じゃない。


 「じゃあ、自分が見てるものを離れてる相手に脳内に直接見せるっていうのはできないのか?」


 「あぁ、無理だよそんなこと……脳みそにそうであるって思わせればいけるかもしれないがな」


 もし、この理論を当てはめられるとするなら脳みそが「錯覚」してるってことか。俺は、こいつだと。


 「SFじみててバカバカしいとは思うが……嫌いじゃないぜ、そういうの……若いころよく考えた」


 急に懐かしそうな口調になる。こいつたまに情緒が不安定になるんだよな。


 「お前…世界ってなんだと思う?」


 「世界?そりゃ、世界だろ」


 「そうだな、じゃあ誰がその世界を定義してるんだ?」


 「そりゃぁ…世界にいるやつだろ」


 「まぁ、そうだな……世界を定義できるのはあくまで個だ、つまり、世界とは個の数だけあるってことになる」


 はぁ?


 「もし、お前がいう様に脳内に直接見てるものを流し込めるっていうなら、それは世界をつなげていることになる、完全な同一世界だ」


 「あー、つまり、こういうことか?世界を定義するのはあくまで個であって、その個にとっての世界が他のやつが見てる世界とは同じとは限らないってことか?」


 「あぁ、そういうことだ」


 始まったよ。こいつはすぐにこうなる。答えの無い問答を急にし始めたかと思うと一人で納得して、この世は虚無!って言いだす。昔からの悪い癖だ。


 「認知をつなげるっていうのは、人間だと言葉でやるしかない、ていうか、そうやって文化を紡いできたんだ、ただ絶対に特色がでちまう「言語」では世界の同一化なんて無理なんだけどな」


 「あー?」


 言葉……?言葉?そういえば、なんかたかやまくんが言ってたな。「補足した」。言葉によって世界をつなげる…


仮にもし、その理論を適用するとしたら、奴はたかやまくんと「補足した」という言葉を介して繋がったと言えるだろう。


 だが、その言葉を相手に送り込む時点でそもそも介入できなければいけない。……介入は最初からできるとしたら、なんのために言葉による繋がりを作ろうとするのか。

 

 繋がりをより強固なものにするため?


 「……そういえばよぉ、お前なんでこんなこと相談してきてるんだ?」


 「言っても信じないと思うがよ……俺の生徒が一人精神が繋がったっていってんだ」


 「はぁ…?妄想って話は考えたよな?なぜ、まじだと思う?」


 「実はな、その生徒……ショットガンヒーローと繋がってるっつうんだが」


 は?という返答と暫くの沈黙。窓からは夕日が差し込んでいる。


 「はん……お前がそういうんなら…そうか、あの時のあれか」


 窓の外を見る。電柱、アパート。とくに何も変わらない日常がそこにあるはずだ。だが、ここはいつもの家ではない。俺は別の世界に来た。もう二度と同じ世界には戻れないだろう。


 「しっかし……ショットガンヒーローねぇ、あんなんを俺に聞いてたのか?悪いが、あれはお前も分かってると思うが人智をどう考えても超えてんだろ……それを人間の心理学とか脳科学とかで解明できるとは思えんが……」


 「あぁ、分かってる、だが実際に脳内に干渉されてんのはうちの生徒、つまり人間なんだ、なら分かるんじゃないかってな」


 烏の影が通り過ぎる。どこかから視線を感じるんだ。こうしてる間にも。


 「やっと話の全体が見えたぜ……なるほど?まぁ、普通なら妄想で片付けれるんだが………まぁ、人間の脳みそってのは結構単純なコンピューターでな思ってるよりもただの機械なんだ」


 「まぁ、そうだな」


 「MKウルトラ計画を知ってるか?」


 「アメリカの…なんだっけ?」


 「CIAが行っていた洗脳実験だ、薬物と究極状態によって記憶を新しく埋め込む試みだよ日本だとオウム真理教がやってたがな」


 洗脳か…?いや、だがそんな時限じゃ……。


 「まぁ、つまりなお前はどう思ってるかは知らんが、人間の脳みそってのは簡単に干渉できるんだよ……印象を変える事、絶対服従にさせること、薬物を使わないだけでこの社会でも当たり前の様に笑顔でバカバカしくやられてる、教育者なら分かるだろ?」


 まぁ、確かに。教育っていうのはある意味洗脳みたいなものだ。しらないものを脳内に教え込む。その時に、相手がどう思うか、その事実についてどういう印象を抱くのかは教育者がコントロールできる。馬鹿みたいな印象を植え付けてその事実を嫌いにさせることも可能だ。


 「分かった……じゃあ、そういう洗脳を解くにはどうしたらいいんだ?」


 「まずは、その洗脳を試みられる状況から脱出させなくちゃいけん、だが脱出できたとしてもだ…その洗脳が解かれるには結構な日にちを要する、場合によっちゃ本来の洗脳前の自己が何か分からなくなって意識が混濁することもある…まぁ、そもそも学習も洗脳も自身であることには変わらないんだがな」


 洗脳から脱出させる?いまのところキーになるのは「補足した」しかねぇ。

 

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