第6話 不死身

 手を床につき、力を入れる。上体を起こし、入口から入って来る警官を見る。


 思えば…奴は来なかったな…。ショットガンヒーロー。あいつが来ようと思ったらおそらく物理的関係性を無視して来れるはずだ。あいつは…多分発症した人間を殺しにきてる。そう考えると、この男はもしかして、発症してなかった?


 …どちらにせよ、うちの生徒を一人殺したことは絶対に許されないが…すまない…、人間の問題は俺たちで解決していくのが一番なんだ。あんな得体のしれないナニカを関わらせるべきじゃない。


 後頭部がバラの様に開いた真っ赤な頭。自分の手を見る。血で真っ赤だ。足にも、シャツにも体中が血で濡れている。


 「立てますか?」


 警察官がこちらに手を伸ばしてくる。


 「…ありがとう」


 その手をとって立つ。


 「上岡先生…大丈夫なんですか…?」


 教頭がすぐ隣に立ち、奥に倒れる男子高校生と中年の男を口を押えながら見比べる。


 「なんとか…」


 少し、腹がずきずきとする。警察の取り調べがあるはずだ。その時に公金でみてもらおう。


 大きくため息をつく。


 よく考えれば俺はなんて体験をしたんだ。いや、佐々木のほうが…俺なんかよりももっとひどい…。俺の生徒が死んだ…。


 あいつは馬鹿だったし…正直あんまり好きなタイプではなかったが、あいつの筆跡も得意な物も好きな物も全部俺は長い時間かけて知ってた。


 俺に力があったらまた何かちがっただろうか。


 ………


 「教頭先生うちの生徒は…?」


 「大丈夫です…みんな無事です」


 「良かった…」


 警察官が倒れている男に手錠をかけ、二人がかりで抱える。


 警察官と目が合う。


 …少し、困ったような、苦虫をかみつぶしたような表情をする。きっと、俺の顔は相当ひどいことになってるんだろう。


 警察官の視線が急に動く。手元の男のほうへと…。


 目が開いてる?キョロキョロとそこらへんを見ている?


 「誰だお前!?ふざけんな!なんでこんなことすんだよ!離せ!離せよ!」


 警察官に抱えられている男が急に叫びだした。


 気を取り戻したようだが、既に手錠をされているので上手く動けずに、警察官に抱えられながら体を揺らすばかりだ。


 「なんでこんなことされなきゃいけないんだよ!?俺がなにやったってんだよ!いままでも!これからも!離せ!ふざけんな!これだからこの世界は糞なんだ!ふざけるんあ!」


 …


 男は口の端が泡立つほどに激しく怒鳴っている。


 「ふざけるな!死ね!かずひこ死ね!ともひろ死ね!おまえがいじめられろ!おれがいじめられるなんてまちあってる!ぜんぶぶっかわれろ!似合ってないんだよかずひこ!イキんなクソガキが!」


 こいつ…誰に向かって怒鳴ってるんだ?男の視線の先には何もない。ただ体育館のトラスのかかった天井があるだけだ。


 何かおかしい。


 男のいうことに脈絡が無くなってきた。いや、その場にいない者に向かって怒鳴りつけている?


 「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!」


 血走った目。水分を失い回らない舌で必死に怒鳴る脈絡のない言葉。


 背筋に何か冷たいものを感じ、その場から少し離れる。


 異常だ。明らかに異常だ。これは…まるで…


 「やめなさい!暴れるな!」


 警察官が必死に押さえつけようとするが、次第に抱えるのも難しくなってきている様子だ。


 手錠が明らかにギチギチと変な音をたてている。


 「ああああ!!!!奴が!!こっちくんな!ふざっけんな!」


 警察官が拳銃を抜き、天井に向け発砲する。


 耳に入って来るすさまじい異音。


 「暴れるのをやめなさい!」


 これは…発症だ。


 まずい。


 やつが来る。


 警察官が拳銃をもがく男に向けた。

 

 しかし、それと同時に拳銃を握っている腕に拘束されていた右手が自由になる。嫌な音が耳に響く。骨が折れる音だ。


 目の前の警官がうずくまり、手錠で奥の足を抱える警官の頭が打ち付けられる光景が目に入る。


 ………男がこっちに来る。血走った目で走って来る!


 「上岡先生!!!!!」


 「死ねさとう!!!おまえが死ね!!!!!!」


 すぐ目の前いっぱいに男の目が来る。瞳孔が開いてる。頭の上に気配を感じる。奴の両腕が振り下ろされようという風圧…。頭に何かが落ちてきていることだけが分かる。


 死ぬ!


 「うわあああああああああ」


 両手で思いっきり目の前の男を突き飛ばす…いや、つき飛ばせてない!


 「死ね死ね死ね死ね!!」


 頬が熱い!


 「上岡先生!逃げて!」


 駄目だ…こいつに背中を向けられない。背中を向けたくない!


 右手を握りしめて、前に突き出す。逃げ切れる気がしないんだ。こいつに背中を向けたら死ぬ!


 手が震えている。腹がまるで外に晒されてるような気分だ。ものが動いているのが良く分かる。怖い。怖い。


 だが…これしかないんだ…。


 必死に喉から声を絞り出し咆哮を上げ、右手を大きく振りかぶる。殺す!こいつをいまここで殺す!他の誰かが犠牲になるまえに殺すんだ!それぐらいの気持ちでいかないと死ぬ!殺す!


 時間がゆっくりと動き出す。


 もうちょっとで、男の頬に拳がぶつかる!それと同時に、きっと俺の頭頂部に激しい衝撃が来るだろう。俺は死ぬだろうか。いや違う。こいつを今ここで止める。絶対に息の根を止める!


 …なんだ、視界の上のほう。男の頭の上から何か見慣れない黒い棒が…いや、ついさっき見た。あれは散弾銃!!!!


 耳が一瞬聞こえなくなった後に顔が何かに濡れた。瞬間的に閉じた目を開く。


 …割れて真っ赤になった顔。何かがそこら中から飛び出している。


 そして、その割れて頭じゃなくなった部分から見える後ろの立つボロボロのずたぶくろのようなもの…


 赤くなった山のような顔だったものがこちらにもたれかかる。


 少し後ろに下がって避ける。


 ずたぶくろのようなポンチョ…決して見えないフードの下の真っ暗な顔。俺より一回り小さい図体で、すぐそこで散弾銃を俺の腹に向けている。


 俺の…


 俺に向けてる…?


 時間が止まった…?いや、違う。目の前の…こいつ…散弾銃野郎…ショットガンヒーロー…!!が動かないんだ。こちらに銃口をむけたまま。


 どう…する?


 誰もしゃべらない。動かない。


 銃を向けられてる……


 銃を向けられている……


 こんな時やることは……


 黙って両手をあげる。


 何か、機械音のような…ちょうど安いボイスレコーダーの電源を入れたときみたいな音が目の前のなにかから聞こえた。


 額をつたい目に汗が入る。ぎゅっと閉じる。


 開ける。


 目の前にはただの板でできた体育館の壁と血で濡れた床…足元には頭の欠けた人間。そして、少し離れた所でこちらを見守る男たち。ただそれだけだった。初めからそうだったかのように。



 

 


 


 

 


 


 

 


 

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