34.委員会について

学校には委員会活動なるものが存在する。

そして我らが泰禪乙川たいぜんおとかわ高校もその例に漏れず、一定数の生徒は何らかの"委員会"に所属するのだ。


「では今から委員会名を順に読み上げていくので、希望者は挙手してください」


担任の森木先生はそう言いつつ黒板を指し示した。いくつかの委員会の名前と、その定員数が書き連ねられている。

現在はロングホームルームLHRの最中であった。


委員会への参加はクラス毎に規定された定員数がある。

大原則として定員割れは許されず、何らかの事情が無い限りは主に部活動に参加する予定の無い生徒を中心に割り振られる事になる。


そして生粋の帰宅部である俺と佐々木さんには、委員会への参加義務がある事は明白であった。


密かに左後ろの佐々木さんを見る。

彼女は分かり易く目を輝かせており、俺の視線には気づいていない。


それを少しだけ寂しく思いつつ、前方へと向き直った。


「では……まず最初に。図書委員を希望する人はいますか?」


「はいっ……!」


森木先生の声が教室内へと染み入ると、間を置かず、佐々木さんが素早く挙手する音が耳に届いた。


見れば、佐々木さんが緊張の面持ちで先生を見つめている。

そのまま少し待つが、希望者は彼女のみであった。


「では、図書委員は佐々木さんに決定とします。次は風紀委員ですが――」


森木先生は黒板の図書委員の文字の下へ佐々木さんの名を書き込み、次の委員決めへと進む。


再度佐々木さんの方を見れば、彼女は心底嬉しげに拳を握っていた。

それを見て俺も喜ばしく思う。

本音を言えば佐々木さんと同じ委員会へと入りたかったが、図書委員の定員数は一名であった。


彼女はとにかく本が大好きだ。ゴリラと同じかそれ以上にである。

将来の夢は出版社の編集者か、あるいは司書であるらしく、本人曰くとにかく本に触れるならなんでもいいらしい。古本屋や製本会社も魅力的だと言っていたので恐らく文字通りの意味である。

よって彼女が図書委員を選択する事はごく自然な流れであり、それを邪魔する事は誰にも許されないのである。ちょっと悲しい。


「ねね。安城さんはどれにするの?」


ぶっちゃけ若干拗ねつつ佐々木さんを眺めていたのだが、不意に後席の井上さんから声を掛けられた。


「ん?えと……正直なんでも良いかなって」


体を横に向けて振り返りつつ応じる。

ちなみに井上さんは調理部とやらへ籍を置いたそうで、一応、委員会での労役は免除されている。


てっきり委員会決めという名の帰宅部デスゲームに対し高みの見物を楽しんでいるのかと思いきや、そうではなかった。


「じゃあさ、一緒に美化委員会入らない?」


「へ?あ、うん……え?」


まさかのお誘いというか、まさかの参加表明である。

呆気に取られつつ反射的に返事を返す俺を置き去りにして、森木先生の声が聞こえてきた。

黒板を見れば、先程募集をかけていた風紀委員枠がいつの間にか埋まっていた。


「――では次。美化委員会を希望する人はいますか?」


「あっ!はい!井上やります!安城さんも!」


「えっあっ。は、はい」


井上さんが快活に名乗りを上げ、俺はほとんど流されるようにして挙手する。

俺と井上さん以外の希望者は現れず、あっさり内定となった。


「えっへー。やったね安城さん」


井上さんはそう言って俺の背中を指で突っついた。


「あっ、はは……うん。まぁ良かった。のかな?」


関係ないが、ここ最近の出来事で気付いたのだがどうも俺の体は背中が弱点らしい。つつかれる度にちょっとゾクゾクする。

平静を装いつつ応じていると、佐々木さんが少し不思議そうに井上さんを見ていた。


「あの、井上さんは参加しなくても良かったのでは?調理部に入ったと仰っていたような」


「そうなんだけど、調理部って火気の使用条件の都合で週に一度しか活動出来ないらしくてね?普段は実質帰宅部なんだ」


それに折角だから。

そう言いつつ、井上さんは笑っていた。

折角の時間を俺と共有してくれるというその事実がなんとも嬉しい。


が、同時に申し訳なくもある。

人気者の彼女が自分と一緒の委員会に入る為だけに浮いた時間を費やすと言っているのだから、それに釣り合う価値が果たして俺にあるのだろうかと、そう思ってしまう。


「井上さん、ワタシと一緒でいいの?」


思わずそんな事を言ってしまった。

しかし井上さんは笑顔で即答する。


「もちろん。一緒にいるの楽しいよ。そっちは?」


「………………」


さも当然のような返答であった。俺のギザギザハートにも割と深々と刺さった気がする。

まるで壁ドンを食らったヒロインのような心境になった俺は、赤くなった耳を隠しながらコクコクと頷き、黙って前を向くのであった。


ふと佐々木さんを横目に見れば、俺と井上さんのそんなやり取りを見て地蔵のような表情を浮かべていた。

そればかりは本気で何を考えているのか分からなかった。



そして放課後。


早くも各委員会の集会が開かれるとの事であったので、俺と井上さんは図書委員会の集合場所である図書準備室の前で佐々木さんと別れ、美化委員会の集合場所へと向かった。


いざ始まってみると、集会の内容は単なる通達であった。話し合いの類は特に無く、俺と井上さんは少しばかり拍子抜けしていた

担当教諭によって伝えられたのは、月に一度だけ朝に学校周辺のゴミ拾いを行うという旨と、次回の日程の二つのみである。


想像よりも遥かに仕事が少なく、井上さんを見てみればなんとも言えない表情を浮かべていた。

集会はすぐにお開きとなり、大多数の生徒達は楽な委員に配属された事に安堵しているようだった。


一方の俺達は、どうにも物足りなさを感じていた。


「……うーん。放課後に集まってゴミ拾いとか、校内の清掃とか……そういうのを想像してたんだけどなぁ」


井上さんが首を傾げつつ、不満そうに言う。俺も同感であったので、ウンウンと頷く。

折角だったのに。そう思った。



佐々木さんと合流すべく図書準備室の前へと訪れるが、室内ではまだ何らかの話をしているようだった。

漏れ聞こえる内容から判断するに、図書室の受付担当を決めている最中であるらしい。


特定の曜日の担当者が決まらないようで若干揉めている。

どうも、もう暫く時間がかかりそうだった。


自販機で飲み物を買ってから近くの空き教室で待つ事にし、二人並んで廊下を歩いていると、偶然にも見知った人物が通りかかった。


「ん……あれ?宮先輩だ。こんにちは」


「えっ。ホントだ。部長さんだ」


井上さんと二人で声を掛ける。

それは吹奏楽部の部長であり、我々が大迷惑をかけた宮先輩その人であった。


「わっ……、井上さん。と、えと……?」


突然名前を呼ばれた彼女は肩を跳ね上げつつこちらを見るが、何やら驚いた顔で首を傾げていた。

そこで、俺は彼女が男装している自分の姿しか知らない事に気が付く。慌てて姿勢を正し、軽く頭を下げつつ名乗った。


「すみません、先輩。ワタシです。安城ナツメで――」


「――はぇっ!?なっ、なんで女装してるの……!?」


食い気味である。先輩は顔を赤くし、目を泳がせながら俺の顔を見ていた。


「逆ッ!女子ですから!ホントすいません!」


発言内容から彼女の脳内が一瞬でバグった事を理解し、即座に訂正した。

先輩の心の傷は未だ癒えていないらしい。


俺は全力の誠意を込め、腰を直角に折り曲げるのであった。

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