32.女子高生とゲームセンターと俺

その後の雑談は想定外の盛り上がりを見せ、気づけばあっという間に一時間が過ぎていた。


当初は距離感バグり系ギャルを相手にビクビクとしていた佐々木さんも、現在は目を合わせなければどうにか会話が成り立つくらいには回復している。

俺と井上さんがさり気なく二人の緩衝材になっていたからというのもあろうが、実に大きな進歩だ。



「あのさ~安城ちゃん達この後暇?夕方からクラスの子とカラオケ行くんだけど来ない?」


会話にもひと段落ついた頃、日野目さんが身を乗り出してそんな事を言う。テーブルに飛び上がりそうな勢いだ。


「あっ!私が誘おうと思ってたのに」


井上さんも同じ事を考えていたようで、文句を言いつつも嬉しそうにしていた。


少しばかり驚いたが、お誘いは素直に嬉しい。俺はチラリと佐々木さんの様子を伺うとそれはもう恐れおののき震えていたのでダメだこりゃ。

瞳孔が開き焦点も定まっていない。そこまで?


「有り難いんだけど……ワタシ達、まだ二人以外の事あんま知らないからさ」


苦笑しつつ井上さん達にそう告げれば、佐々木さんもガクンガクンと頷いた。不慣れなヘドバンである。首痛めるからやめなさい。


それを受け、日野目さんは露骨に悲しそうな表情で唸っていた。


「二人が来てくれたら絶対盛り上がると思うんだけどなぁ……」


井上さんもそんな事を言う。

しかし佐々木さんのリアクションを抜きにしても、個人的にはクラスメイトとの人間関係は時間をかけて慎重に見極めたいと思っているので、これを機に気まずくなるのも、逆に一気に距離を縮めてしまうのも望ましいとは思えない。

……などとそれっぽい理由付けをしても、結局は俺も佐々木さんも一軍女子グループとのカラオケが怖いだけなのだが。


何より前世で流行っていた曲がこの世界には存在しないので、カラオケにはあまり興味を抱けないし。前世の名曲たちがあまりに恋しくて、たまにアカペラで歌って録音したものを聴いているのは俺だけの秘密である。

ちなみに中学時代に吹奏楽部に入らなかったのも似たような理由だったりする。こないだ部長のトランペットを借りた時に吹いた曲なんかもこの世には存在していない。


「えーじゃあさ!あと30分くらい余裕あるからゲーセン行かない?」


愛想笑いで誤魔化していると、明るい笑みを咲かせて日野目さんが言う。やはりこの子は切り替えの早さがすごい。


ぼちぼち、退店のタイミングとしては適している。

テーブル上のドリンクはとっくに四つとも空になっていたし、十分じゅうぶん以上に元は取れていると言えよう。


「ワタシは良いけど二人は?」


そう聞けば、井上さんと佐々木さんも頷いた。

佐々木さんに関してはカラオケ以外ならばなんでもいいと言った様子のヘドバンであった。



上階のゲームセンターへと辿り着いた我々四人は、立ち並ぶクレーンゲーム達をそぞろに見回しながら歩いている。


景品の比率としてはフィギュア3割、可愛いマスコットキャラのグッズやぬいぐるみが5割、その他のすぐ壊れそうな安っぽい便利グッズが2割……といったところ。

中学時代、時々こういった場所は訪れていたが、やはり特に前世との目立った齟齬は感じなかった。

なんなら美少女フィギュアも普通に多い。男女を問わず需要があるという事なのだろう。


「クレーンゲームとか久々だな。井上さんは?」


横を歩く井上さんに問う。

彼女は嬉しそうにこちらを見ると、渾身のドヤ顔で胸を叩いた。


「ん?言っとくけどマジで上手いよ?ワンコインゲット余裕よ?」


余程自信があるらしい。盛大なフラグか否かはちょっと分からない。

日野目さんもそれは初耳だったらしく、しきりに感心していた。


「あッ……!!」


そんな折、佐々木さんが足を止めた。


「どうしたの?」


声を掛けると彼女は興奮した様子でこちらを見て、声にならない声を上げながら一台のクレーンゲームを指で指し示していた。


「佐々木ちゃんどしたん?なんか見つけた?」


日野目さんと井上さんも興味深げに寄ってきたので、皆でそれを確認する。


そのクレーンゲーム機はフィギュアやぬいぐるみが入っているものよりも比較的小さな筐体で、景品はぬいぐるみストラップであった。


そこにきて俺はようやく気が付く。

それと同時に、佐々木さんがこうも興奮するのも無理はないと理解した。


一方で井上さんと日野目さんは理解が追い付いていないようで、景品を見ながら首を傾げていた。


「こっ、これっ!これ狙っていいですか!」


「もち良いけど佐々木ちゃんそれ好きなん?」


日野目さんが不思議そうに問いかける。なぜそれを?と言いたげであった。

まぁ初見だとそうなるよね。無理もない。


「はい……!まさかここにのプライズがあるなんて……近場に景品の入荷情報が全く無いから諦めてたんですよ……ふひひ……!あまりに運命的……!」


――哀ゴリとは。

そう。『哀愁の西ローランドゴリラ』への愛ある略称である。


「アイゴリ?愛のゴリラ?」


「初耳だわ……」


井上さんと日野目さんは明らかに反応に困っていた。

なんせ、小さなぬいぐるみストラップと化した劇画調のゴリラが男泣きしているのだ。

ただでさえ意味が分からないキャラクターなのに、よりによって布と綿で立体化しているせいで妙にファンシーになり、更に意味が分からない事になっている。

なんだこれ。俺も欲しい!!


「さ、佐々木さん。ワタシもこれ欲しい……!」


「安城さんも!?」


「これ流行ってんの!?」


二人が驚愕しているが、まぁ少なくとも俺と佐々木さんの間では最先端のコンテンツなのは確かだ。身内ノリともいう。

佐々木さんは血走った目で財布の中の100円玉を全て取り出すと躊躇なく投入した。


筐体の前面、横方向の矢印が記載されたボタンが点滅する。

さながらゲーム機自身が「いつでも獲りに行けるぜ」とでも言いたげにウィンクを繰り返しているかのようだった。


佐々木さんが好戦的に微笑む。

俺はその様に思わず息を呑んだ。いつもの不安げな彼女の面影は、今ここには存在しない。


「……安城さん。任せて下さい。運命は、間違いなく私に味方しています」


「さ、佐々木さん……!」


なんと大きな背中だろうか。

俺は佐々木さんの後ろ姿に、未だかつてない程の頼もしさを覚えた。



五分後。


「……私はぁ……弱いぃ……ひぃぃん……!」


「さ、佐々木さん……!」


佐々木さんはさめざめと涙を流していた。

なんと小さな背中だろうか。

俺は佐々木さんの後ろ姿に、未だかつてない程の哀愁を覚えた。


あっという間にありったけの100円玉をドブに捨てた佐々木さんは、光を失った矢印ボタンを凝視しながら項垂れている。

さながらゲーム機自身が鼻で笑っているかのようだった。不憫なり。


なんともいたたまれない光景である。

俺は佐々木さんの背中をさすりつつ、震える足で両替機へと向かおうとする彼女を引き止めた。


「安城さん……どうか、どうか離してください……私は……私は……」


「ちょ、ちょっと一旦落ち着こうか。佐々木さん。あのね、ごめん。あえてストレートに言うけど流石に下手すぎる」


「ぐはぁ……!」


したたかな手応え。ごめんよ。でもこればかりは佐々木さんの為です。

彼女のクレーン操作スキルは壊滅的で、景品にクレーンの爪が触れる事ができたのは6回中僅か1回だけであった。

このまま放っておけば恐らく彼女は有り金を無駄に溶かす羽目になり、今晩にでも深い後悔に襲われるに違いない。ちなみに俺は前世で履修済みである。

そしてそれは友として見過ごせなかった。たとえ恨まれる羽目になろうと、俺には彼女を止める義務があった。だってお金が勿体ないもっだいだい


俺達のそんなやりとりを傍観していた日野目さんが、佐々木さんの肩を掴む。

佐々木さんが震える瞳でそちらを見ると、彼女は慈愛に満ちた目で優しく微笑みかけた。


「……佐々木ちゃん、頑張ったね。後はウチに任せて」


「日野目さん……」


日野目さんが好戦的に微笑む。

俺はその様に思わず息を呑んだ。いつものお道化どけた彼女の面影は、今ここには存在しない。


「……安城ちゃん。任せて。運命は、間違いなくウチに味方してる」


「ひ、日野目さん……!」


なんと大きな背中だろうか。

俺は日野目さんの後ろ姿に、未だかつてない程の頼もしさを覚えた。



五分後。


「アハハハハヤバ!無理!マジウケる!」


「ひ、日野目さん……!」


日野目さんはケラケラと笑い涙を流していた。知ってた。

1000円分突っ込んだ彼女は10回中一度も景品に爪を掠らせる事が出来なかった。

佐々木さんより遥かに酷い。全然任せていい相手じゃなかった。


そんな俺達を静観していた井上さんであったが、遂に痺れを切らせたようだった。


「いや取れないんかい!えぇい!私に任せなさい!」


筐体の前へ颯爽と歩み出ると、100円玉を4枚、慣れた手つきで投入する。


「い、井上さん……!」


「いやそれフラグだからやめて!」


ごもっともです。

俺達は黙って彼女の戦いを見守った。



結論として、本気を出した井上さんはマジで上手かった。ワンコインゲット四連発である。


それを見た佐々木さんと日野目さんは恐れおののき、日野目さんまで敬語で彼女を褒め称える始末であった。


「はい!安城さんの分」


「おぉ……!」


井上さんがそう言い、俺に哀ゴリストラップを一つ手渡してくれた。

思わず笑みが零れる。見れば、佐々木さんと日野目さんもそれを手に、ニコニコと笑い合っていた。


「井上さん、マジで上手だったね。てっきり冗談かと……」


「へっへーん。凄いでしょ?中学生の頃ハマってて。動画も見て研究したんだよ」


得意気な笑みを浮かべる井上さんを褒め称えつつ、俺は財布から百円玉を四枚取り出して井上さんに渡そうとしたが、拒まれてしまった。


「いやいや受け取れないって。っていうか安城さんに飲み物奢ってもらったままだったしむしろこっちがお金返さないと……」


「いやいやそれはまた別じゃん?あれはワタシが好きでやった事で……」


「いやいやいや……」


「いやいやいや……」


そんな感じで互いに一歩も譲らず、結局はお互い様という事で矛を収める形となってしまった。不覚。

そのやり取りを聞いていた佐々木さんと日野目さんが、すっかり忘れてくれていたコーヒーラテの代金を支払うと言い出してしまったので、それを誤魔化すのは少し骨が折れた。



そんなこんなで、あっという間に30分は過ぎた。


「カナちゃん、そろそろ時間だ」


「マジ?ねぇ~安城ちゃんも佐々木ちゃんも一緒に行こうよ~お願い~!」


日野目さんが上目遣いで腕に抱き着いてくる。当たってんのよ。

俺は優しく体を離しつつ、残念そうに微笑んで見せた。


「ん。また今度ね」


「ヤダヤダヤダ~!」


断ると日野目さんは駄々をこね始めた。駄々っ子ギャル、アリです。


暫く見守っていると、日野目さんは急に駄々をこねるのをやめた。


「あっ!んじゃ最後に四人で写真撮ろ!哀ゴリちゃん持ってさ」


「ん、いいよ」


「オッケー!ミツハちゃん真ん中ね」


「え、えぇ……?」


そして一瞬で通常モードに切り替えた日野目さんがそんな提案をしてきたのですかさず賛同する。

この圧倒的なスピード感に置き去りにされた佐々木さんを三人で囲いつつ、哀ゴリを顔の下辺りに構えた俺達は楽しく写真撮影に励んだ。



その後は解散となり、俺と佐々木さんは色々な余韻に浸りつつ帰宅したのであった。


佐々木さんだけでなく井上さんや日野目さんとも親交を深める事になった訳であるが、終わってみればなんとも清々しい一日であった。


まぁ翌週、四人で撮った私服写真のせいで、佐々木さんがクラスメイトによる地獄のかわいがり週間に突入する訳だが、それはまた別の話である。

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