26.幼馴染(妹)について

部活見学を終えた俺達は、加藤君に制服を返却しに行った。

皺がついてしまった事について俺が謝罪すると、加藤君は大層驚いていた。

まぁ、いつも目すら合わない相手からちゃんと謝られたらそりゃ驚いて当然だと思う。なんならまともに話したのはこれが初めてであった。


だというのに、井上さんから事情を聞いた後、加藤君は軽く笑って快く許してくれた。

普通にすげぇ良い奴だった。俺の中の加藤株が爆上がりである。

しかし同時に、今後も塩対応のままであろう事を思うと心底申し訳ない気持ちになった。きっと加藤君の中の安城株はこれからもずっとストップ安だろう。

井上さんと二人で何度も頭を下げつつ、俺達はそのまま帰路に着いた。


帰り道は反省会のような空気になったのだが、結局は俺が悪いという事で強引に結論付けた。というか実際ただただ俺が悪い。

特に佐々木さんは終始無理やり巻き込んでしまった状態であったので、その事について頭を下げたのだが、ちゃんと楽しかったから気にしないで欲しいと言ってくれた。

そして最終的には笑い話として落ち着ける事が出来たのは、井上さんの存在が大きかったと思う。


その後井上さんとは電車内で、佐々木さんと俺は駅を出てから別れた。



自宅へと歩きつつ、迷惑をかけた人々の事を色々と考えている中で、俺はふとレンの顔を思い浮かべた。

そういえば、入学式の朝以来まともに会話をしていない。

学校で見かける時は常に周囲に女子生徒が集っているし、何よりレンを見かける度、俺の方から姿を消すよう心掛けていた事もある。

よって入学式の朝に一緒に登校する事を拒否した事や、生徒会長との騒動についての説明や謝罪がまだ出来ていない事に気が付いたのだ。


それ以上に気掛かりだったのは例のお嬢様について。

普通にヤバそうなので、あの人。


レンとは表立って関わりたく無いが為に疎遠になっている訳だが、断じて奴の事を嫌っている訳ではない。

むしろ人間として普通に好ましいと思っているし、心配だと思えば気も遣う。まぁち〇こはもげてほしいのだが。


なんとなく、罪悪感ばかりが募ってきた。

俺は途中でコンビニに寄り、小学生の頃レンがよく好きで食べていた駄菓子をいくつか購入し、手土産とすることにした。今でも好きなのかは知らんが、何も持たずに行くより幾分かはマシだろう。


数分程で自宅のすぐ隣、中沢家の前に着いた。

毎朝目の前を通っているが、こうして訪問しようと思ったのは何年ぶりだろう。やや懐かしい気分になった。


敷地内へ入り、玄関前へ。

玄関扉は昔と比べて色褪せているように見えて、それは俺とレンが関わらなくなってからの長さを象徴しているようにも思えた。


インターホンを押す。

呼び出し音が鳴り、少し待つが誰も出てこない。


「誰かいませんかー」


一応声を掛けてみたが、反応はない。どうやら留守であるらしい。

まぁ仕方あるまい。

また今度尋ねる事に決め、俺はきびすを返した。


すると、いつの間にか敷地の入口の辺りに誰かが立っていた。俺の母校と同じ中学の制服を着ている。

そして、俺はその人物に心当たりがあった。


「……あの、ウチに何か用ですか?もしよからぬ事を考えているなら警察を――」


彼女は明らかに警戒していた。

大方レンのストーカーかファンの類だと思われているのだろう。

昔からその手の輩が多い事は聞いているし、その反応も致し方ないと思う。


俺は苦笑しつつ、彼女に声を掛けた。


「ヒナミ……久々に会えたのに酷い……」


「え……あっ、ナツメちゃん!?久しぶり……!」


彼女こと、レンの妹である中沢ヒナミはようやく俺だと気が付いたようで、驚きながらそう言った。


ヒナミは嬉しそうに駆け寄ると俺の手を取った。

俺も嬉しくて、そんなヒナミに笑顔で応じる。


「久しぶり。元気だった?」


「うん、元気だよ。それよりナツメちゃん髪切ったんだね!ロングも可愛かったけど……なんていうか、ショートもかっこよくていいね?」


ヒナミは先程までのよそよそしい剣呑な雰囲気はどこへやら、ニコニコと人懐っこい笑みでそんな事を言ってくれる。

あーかわいい。レン、マジでうちの妹どっちか一人あげるから交換して。なんなら二人ともやる。ツンデレお姉ちゃんもおまけにつけてやろう。それでみんなハッピーエンド。


彼女はレンと同様、安城家の四姉妹とは幼馴染である。

俺とレンが疎遠になってからは彼女と顔を合わせる機会も無かったのだが、通学路や学校でたまに顔を合わせると、毎度このように人懐っこく挨拶をしてくれていた。

そして今日は、実に一年近く間が空いての再会であった。


「ヒナミは今帰りついたとこ?」


「うん、ちょっと本屋さん寄って帰ってきた。ナツメちゃんはなんでウチに来てたの?珍しいよね」


「あー……うん。ちょっと最近レンに迷惑かけちゃったから詫び入れに来た感じ」


「へぇ?」


ヒナミは不思議そうに首を傾げている。

気にはなるが、自分から首を突っ込むべきではないと思っているらしい。


ヒナミは昔から、レンが絡む内容だと常に何かと一歩引いている印象があった。

恐らく俺とはまた違うベクトルで兄に関するトラブルに巻き込まれがちなのだろうと思っている。

それは、先程玄関前に立っていた俺に対する態度からも察する部分である。


「それより最近どう?今年受験生だろ。漫画なんか買ってる場合じゃないんじゃない?」


「マンガじゃなくて小説だもん」


そんな、他愛の無い雑談を交わす。ヒナミの近況について聞くのは楽しかったし、こちらの最近の出来事を聞くヒナミも楽しそうにしていた。


そんな折、ふと、ヒナミが暗い表情で呟く。



「……ナツメちゃんと話せて嬉しいな。ただでさえ、最近ストレス溜まる事多いから。癒される」


言外に、悩みを抱えている事を示す。

本人は軽い気持ちで呟いただけなのかもしれない。だがそれは無意識のSOSなのではないかと感じた。

そう思ってしまった以上は無論放っておく筈もない。

お節介かもしれないが、もし杞憂ならば杞憂であるに越したことはないと思い、俺はヒナミに笑顔で声を掛ける。


「愚痴でもあれば聞くよ」


「…………いいの?」


「もちろん。遠慮なくどうぞ」


「……あの、実はね」


そこからのヒナミは止まらなかった。

受験勉強へのストレス、友人関係のストレス、今後待ち構えている学校行事へのストレス――。


何より、兄であるレンに対する愚痴は留まるところを知らなかった。

同級生からは何かと兄への顔つなぎを求められる事、兄の優秀さを知る教師からは成績を比べられている節がある事……その他、とにかくあらゆる点において、レンに対するコンプレックスを抱えているようだった。


そして、俺はそれらの気持ちが良く分かった。本当に良く分かった。

今では割り切っているものの、昔は俺の成績を常に上回っている事に腹を立てた事は一度や二度ではないし、レンとの顔つなぎを求められるという点も経験した事があった。

それでいて、頼みを無下にすれば逆恨みされ、謂れのない誹謗ひぼうを陰で交わされ――。


そんな事を、ついつい俺の方からも口に出せば、ヒナミは心底同意するといった様子でしきりに頷いていた。



「――あー滅茶苦茶スッキリしたぁー!」


暫くして、ヒナミは心底満足した様子で叫んでいた。顔つきも爽やかであった。


「オレも言いたい事言えたなぁ……こんな事言える相手、うちにはいないから」


「ね!アマネちゃんもマツウタも、昔からお兄ちゃん好き過ぎでしょ。ほんとに」


全力で頷く。

もし我が家で先程のような会話をすれば、割と洒落にならないレベルで姉妹からの好感度が下がりかねない。

ちなみに、マツウタとは妹達のコンビ名みたいなものだ。身内からはセットで呼ばれがちなので。


なんというか、ヒナミのガス抜きになれば……と思っていたはずが、俺まで物凄くスッキリしていた。

なんせ、レンが悪い訳では無いのだ。

アイツに付随する周囲の環境から生じる副次的なものに対するストレスであって、それを共有できる相手がいるとは思っていなかっただけに、このニッチな話題を共有できて物凄く嬉しかったのだ。

そう思うと、ヒナミと俺は互いにとってとても貴重なのだろう。


「ヒナミ、連絡先交換しとかない?そういえば知らないよね」


自然とそんな提案をしていた。

ヒナミの方も嬉しく思ってくれたようで、二つ返事で了承してくれる。


メッセンジャーアプリに互いのアカウントを登録し合った所で、どちらともなく笑いが漏れた。


「アハハ……久々に会ったのに、お兄ちゃんの愚痴で盛り上がっちゃうとか。酷い事してるよね」


「いやいや。アイツが原因だからしゃーない。まぁアイツ、原因なだけで悪くはないんだけど」


そう言って再び笑う。

身内特有の、遠慮のないやり取りがなんともおかしくて心地よかった。

ついでに時刻を見れば、既に19時を回っていた。


「……さて、ちょっと長居しちゃったな。そろそろ帰らないと」


「あ、もう行っちゃう……?中でお菓子でも食べてゆっくりしてくれてもいいのに」


ヒナミが寂しそうに言う。

その提案は嬉しいのだが、俺は俺で明日のテストに向けて念の為に復習しておこうと思っていたので断った。


「代わりに、いつでも連絡してよ。また愚痴聞くから。あとレンに勉強聞きたくない時はオレが教えてあげるし……ってか、今度うちに遊びにおいで」


そう言いつつ、何故かコンビニで買ってきていた菓子類をヒナミに渡す。

なんでお菓子買ったんだっけ。なんか大事な事忘れてるような……まぁ、ヒナミが喜んでたからいいか。


「ありがと、ナツメちゃん」


ヒナミはそう言うと、俺に軽くハグをしてから家の中へ消えていった。かわいいなぁ。今度養子縁組の条件について調べて父に渡しとこう。



そんなこんなですっかり満足して帰宅してしまったのだが、本来の目的を思い出したのは寝る直前の事であった。許せ、レン。

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