23.Z!OD


「それでは今から安城さんをいい感じの男の子にします。拍手!」


そう言って井上さんが明るく拍手をする。

俺と佐々木さんは不安を込めてまばらに手を叩いた。


「うんうん、二人とも期待で胸が一杯って感じだね」


どこがだ。

結局、俺は井上さんによるあの珍妙な提案を受け入れる事としてしまった。

というか井上さんの労力を思えば拒める訳が無かった。

なんせ、わざわざクラスの男子にアポを取り、四階分の階段を大急ぎで下って上がって……そんな彼女の善意を無下にするなんぞ、人として到底許されないと思ったのだ。


俺達が今現在占領しているこの場所は、施錠されている屋上扉前の塔屋とうやと呼ばれるあの小屋のような空間である。

ここは本来――今現在も当然そうなのだが、立ち入り禁止である。

その筈なのだが、使用しない机や器具が乱雑に積まれている中、片隅にひっそりと置かれているボードゲーム等の私物類を見る限り、その規則はほぼ形骸化している事が見て取れた。昼休みに集まる先輩方でも居るのだろう。

そんな訳でここは簡易的な更衣所としては悪くない条件なのであった。


何故こんな辺鄙へんぴな所を発見したのかと言えば、当初はなるべく移動距離が少なくて済むよう音楽室の近くの女子トイレで着替える段取りをしていたのだが、佐々木さんから「万が一、男子生徒が女子トイレから出てくるところを先輩方に見られてしまったら計画が台無しなのでは?」という至極真っ当な指摘を受け、悩みつつキョロキョロしている最中に偶然――という経緯だ。


とまぁ、そんなこんなで、井上さん発案による「Z念!Oの子Dした」作戦を決行する運びとなった。


作戦内容は、まぁ読んで字の如く。

希少な男子生徒が部活見学に来たと思いきや――正体はなんと女子でした!ギャハハ!という、実に残虐極まりない計画プランだ。

こんな悪行に手を染めるなんぞ、人として到底許されないと思う。

もしも、政治には疎いが邪悪には人一倍敏感な若者などに伝われば激怒される事必至。ゆるせメロス。


とはいえ井上さんはこんな悪意に満ちた表現は用いていないのだが。

曰く「謎の男子生徒が実は女の子でした!みんなで仰天からの爆笑!みたいな?」との事。あくまでイタズラの範疇である。


本音を言えば、声とか体つきで一目で見破られるんじゃなかろうか。

そもそも作戦として破綻していると思うが、それも含めての悪ノリというものである。即座にバレた場合は先輩方の対応力を楽しむ事になるだろう。


「じゃあ早速だけど、とりあえず着替えてみようか!一旦踊り場で待ってるね」


期待を滲ませつつそう言い残し、井上さんは俺の手に男子用制服を押し付けてから佐々木さんを持って階下へと消えていった。ナチュラルに持ち運ばれている事に驚いたのか佐々木さんは餌を奪われたモルモットのような顔をしていた。


この制服の持ち主である加藤君の事は顔しか知らないが、別に彼の制服一式を着る事には抵抗はない。普通に清潔感のある優等生タイプであったし。

どちらかと言えば、隣の席であるというのにまともに会話すら成り立たない俺に制服を着られる事に対する、向こうからの嫌悪感の方が心配だった。


されども井上さんが許可を貰っている以上は問題ないのだろう。あるいは井上さんのような明るいタイプの子に弱いかのどちらか。

許可が出ているなら問題なし。そう思考を切り替えた。

ブレザーを軽く体にあてがってみる。俺は女子としては少し背が高い部類に入るので、サイズ感にも問題は無かった。


鏡が無いので自分でチェック出来ないのは不安だが、悩むのは時間の無駄だ。加藤君も永遠に体験入部している訳じゃあるまいしな。


細かい違和感は二人に確認してもらいつつ調整すれば良かろう。

俺は意を決して制服に袖を通した。



着替えを終えた俺は、踊り場で待たせていた二人へと声を掛けた。

二人が階段を登ってくる。俺は妙に気恥ずかしい気分で、なんとなく袖や襟を整えつつ待ち構える。


「早かったね!サイズは大丈夫そう……えっ、ちょっと待って。うそ」


階段を登り終え、井上さんが俺を見ながらそんな不穏な事を言うので、思わず佐々木さんの顔を見る。

佐々木さんは俺の姿を見て、にっこりと微笑みながら頷いた。


「えと、似合ってますよ。流石です」


その声色に嘘は無さそうだったので一先ひとまず安心しつつお礼を言う。

そうなると解せないのは井上さんである。

俺は自分のブレザーの肩口を指で引っ張りながら彼女に問うた。


「着こなしに違和感ある?それ以外に何か変だったり?恥ずかしいけど、遠慮なく言ってくれたら」


「い、いやいや……そうじゃなくて似合いすぎてると思う。いい感じの男の子になり過ぎてる!」


井上さんは顎に手を当てながらそんな事を言った。

似合ってるを越えて似合いすぎてる、とは。


「えっすごい褒めるじゃん。あ、ありがとう」


普通に嬉しかったので照れつつお礼を言うと、彼女は物凄く微妙なリアクションで唸った。なんだろうその反応。

佐々木さんも井上さんの事を不思議そうに見ていた。


とりあえず妙な空気を切り替える為に意見を求める。概ね好評ではあるが改善点もいくらかある筈だ。


「もっと男子っぽくする為のアイデアとかある?」


「うーん……具体的にはどういう事を指摘すればいいんでしょう」


佐々木さんが不思議そうに言う。確かに質問が曖昧過ぎた。

着替えている時点で自分で思いついていた事があったので、ひとまずそれを例として挙げた。


「例えば、仕草を意識して男っぽくするとか。こんな感じでさ」


そう言って、片手を腰ポケットに突っ込んで肘と肩、下半身の関節をほんの少し体の外側へ意識して開く。

要するに格好つけて立ってみただけだ。


佐々木さんはそれを見て少し感心していた。

一方で井上さんはこちらを見たり目を逸らしたりと妙に忙しない。


「なるほど……男性的な特徴を際立たせる為のアイデアが欲しいんですね」


「そうそう。胸はそんなに目立たないけど、内股だったりすると違和感あるしね」


男女の体の構造の違いは経験上理解していたので、その差を埋める、あるいは際立たせるような仕草は分かっている。

というか実を言うと普段は女っぽい仕草を心掛けているくらいだった。

前世の方が人生経験が長いせいかおっさんじみた仕草が染みついてしまっているらしく、小学校低学年の頃など、そのせいでパンチラしまくっていた。おっさんはすぐ脚開くから。


少し考えた後、佐々木さんが口を開いた。


「あの、声も意識して低くした方が良いんじゃないかな、と」


「あぁ確かに。忘れるところだった」


まず真っ先にバレるとしたら声だろうな、というのは真っ先に思っていた事なのにすっかり忘れていた。

喉を軽く押さえながら声を出してみる。


「んんっ。あーあー……ンーンー」


なんとなく、低音を出すには「ン」が発音しやすいように感じた。

佐々木さんと色々と試行錯誤していると、一つの結論に辿り着いた。


「ンニンジン……ンジャガイモ……」


「おお、良い感じです。かなりイケボっぽい雰囲気出てます」


「ンありがとう、佐々木さン……」


それは可能な限り、語頭ごとうに「ン」を付けてねっとりとした抑揚で喋る、という妙な技法であった。

その甲斐あって凄くイラッとする喋りになっているが、声色に関してはかなり誤魔化せている。肝心なのはあくまで雰囲気なのである。


井上さんはそんな俺達のやり取りを静かに眺めていたが、ある程度完成に近づいた事を喜びつつ二人で得意気に彼女の方を見ていると、何かを割り切った様子で言った。


「あのね……正直かなり洒落にならないものが出来上がりつつあるんだけど……ここまで来たら、ね!」


そう言い、彼女は整髪料を取り出すのであった――。



そんなこんなで、俺は無事に"完成"を迎えた。

余談だが、井上さんに2ショットの写真を撮られたのでそれをどうするのかと尋ねれば「クラスの皆に自慢する!」と言っていたので全力で止めた。

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