08.安城アマネ(萌えキャラ)について

入学式が終わった後はHRの類もなく、そのまま解散という運びになった。


体育館から出たところで、佐々木さんの背中を見つけた。


「佐々木さんお疲れー」


「うひっ!?」


背中を軽く叩きながら声をかけると、よほど驚いたらしい。

心臓を抑えながらこちらを振り返る佐々木さんの額には冷や汗が浮いていた。

この子汗っかきだな。

ハンカチを取り出し、佐々木さんの額に当てると真っ先に謝罪された。

どうも、佐々木さんには謝罪癖があるらしい。苦笑しつつ話題を振る。


「割とすぐ終わったね。もうちょっとかかるもんだと思ってたわ」


「そ、そうですね……でも、無駄が無くて良かった、と思います」


同感である。

面白かったのは爆速校長挨拶に加えて、市長や知事からの祝電の代読を全カットしていた事である。

言い回しこそ上品かつ丁寧であったが、要約すると「ありがたい祝辞の数々は飾っとくから興味があるなら勝手に読め」といった感じだった。

30代半ばだろうか。校長にしてはかなり若い女性なのだが、相当に尖っている。

個人的にはかなり好ましいが。


周囲を見れば、生徒達は各々自由に行動している。保護者と共に帰る者も居れば、生徒同士で集まって話し込んでいる者も居る。

始業式は明日だ。本格的に人間関係が構築されるのはそれ以降になるだろう。


折角なら見知った人物と一緒に登校したいと思ったので、佐々木さんを誘ってみる事にした。


「良かったら明日一緒に登校しない?」


「ウェッ」


しゃっくりみたいなリアクションが帰ってきた。その反応はどっちだ……?

是か否かは判別できないが、とりあえず今、この瞬間、佐々木さんが困っている事だけは良く分かった。


「ごめん……急に距離詰めすぎだった?」


「ウェッ、ウェアッ。アヴァッ」


「落ち着いて佐々木さん」


なんだろう、人語を失った獣みたいなリアクションしか返ってこないのやめてもらっていいですか。

とはいえ、何かを言いたい事は間違いないので背中をさすりながら黙って見つめていると、徐々に人間性を取り戻していく。

汗がすごいので再び拭ってやった。


「ウッスイマセッ……だだだっ、だいっ。お願いしまっ、ヴッ」


佐々木さんは暫く呼吸を整えてから、辛うじて言葉を発する。

どうやら是であったらしい。

最後まで人語を保つ事はできなかったが、俺はとりあえずその事実に安堵した。


「良かったー。じゃ、連絡先交換しとこうかスマホ出してはい登録完了」


「アッハイ。ふ、ふひひ……」


メッセンジャーアプリを起動し、素早く互いのアカウントを登録する。

かくして、俺の友人一覧に新たに「ミツハ」という名前が追加された。


その後、我に返った佐々木さんに汗を拭いたハンカチを貸して欲しいと言われた。

曰く「クリーニングに出してお返しします」との事だったが全力でお断りする。

それでも食い下がられてしまったので、どうにか普通に洗濯して返却してもらう事が落としどころとなった。


変な趣味はないので、別に匂いなんか嗅がないし、このまま返してくれても良かったのだが。

まぁ佐々木さんにとっては人としての礼儀と、乙女としての意地があるのだろう。



佐々木さんに別れを告げてから母の姿を探していると、大量の女子生徒に囲まれているレンを見かけた。案の定ナンパされまくっているようだ。

大変だなぁ、ち〇こもげろと思いつつ眺めていると、ホイッスルを吹きながら人混みを散らす人物が現れた。


「そこ、人だかりを作らないっ。入学早々浮かれて問題を起こさないように!」


容姿端麗。低身長だがスタイルは良い。

良く通る凛とした声で女子生徒達を注意すれば、蜘蛛の子を散らすように人混みは霧散していった。

俺も良く知る人物である。声の主は我が最愛の姉こと安城アマネであった。


レンはアマネに気が付くと、嬉しそうに微笑んだ。


「あっ、アマネさん……ありがとうございます。助かりました」


「……べ、別に。レンくんの為じゃないから」


姉はレンの顔を一瞬見るが、頬を赤らめて目を逸らした。

見事なツンデレである。ツンデレ界隈だと多分うちの姉が世界ランク一位だと思います。

あと、素っ気ない態度なのに、昔からさり気なく「レンくん」呼びを貫いているのも芸術点が高い。あざとい。


遠巻きに眺めていると、いつの間にか母が横にいた。


「何あれ、うちの子可愛すぎじゃない?」


「それな」


とりあえず反射的に肯定しておいた。

姉は昔からレンに惚れている。

幼い頃は、俺がレンと一緒に遊んでいるといつの間にか混ざってレンの隣におり、その横顔をじーっと見つめていたものだ。

妹達はよくレンにベタベタと抱き着いていたが、かといって一緒になって抱き着く訳にもいかず、それを見ていつも不機嫌そうにしていたのを覚えている。


好きな人を相手に素直になれないのは昔からなのである。


姉がレンと一対一で話すのは久々なのではないだろうか。

ぎこちない空気はありつつも、二人とも旧知の仲ではあるし話題は尽きないようだった。


「邪魔しちゃ悪いし帰ろうぜ」


「えぇ~アマネの貴重なツンデレシーンなのに……」


渋る母の背中を押してその場を後にする際、姉と目が合った。

俺が無言で親指を立てると、顔を赤くして不機嫌そうにそっぽを向いていた。うーん、可愛い。


レンはこちらに気付いていない。

姉を見て不思議そうに首を傾げていた。うーん、ち〇こもげろ。



ふと、視界の端に生徒会長の姿が映る。

教師と入学式の片づけと始業式の準備を兼ねて色々な段取りをしているようだった。


気のせいかもしれないが、時々姉の方を見ているようだった。


「アマネも罪な子ねぇ」


何かと察しの良い母がそんな事を呟いていたが、俺は無言でスルーした。

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