第八話 ネタバレ


 転入して五日が経った。


 私は今日も平穏に、四つ葉学園での一日を終える事が出来た。


 初日と翌日が四つ葉ホール。

 その後の二日間は広い講堂で授業。


 そして、五日目の今日はついに教室での授業だった。


 やはり入口で記憶がフラッシュバックして足が竦んでしまったけれど、不思議なもので。


 この四日間で、D組のクラスメイト達は転入生の私に特に執着も注目もせず、良い意味でスルーしてくれた。


 そして決定打となったのはマカロンの存在。


 なんとマカロンがD組の教室に居たのだ。


 クラスメイトの女の子が「ほら、かりんちゃんの席にマカロンが居るよ!」と手を引っ張ってくれて。


 気が付けばD組の教室で授業を受けている私が居た。

 久しぶりの感覚。

 こそばゆくて、なんだかソワソワして。


 マカロンはずっと足元に居てくれた。

 マカロンの口元にはボールがあって、私にボールを投げて貰いたかっただけなのかもしれない。

 けれど、でも。

 マカロンの存在は私にとって、とても大きかった。


 ……ありがとね、マカロン!




 その日の放課後も私の恩人(犬?)であるマカロンとたっくさんボール遊びをする。


 八神君に言われた通り、マカロンのボール係は初日から欠かさない。

 投げている内にどういう投げ方をすればマカロンが喜ぶのかも分かってきた。


 おかげでマカロンは程よい時間で遊び疲れるようになった。


 たくさん走って遊んで、喉が渇いたマカロン。

 中庭に設置されたマカロン用のお水をガブガブ飲んでいる。


 そんなマカロンを微笑ましく眺めていると、ハキハキとした声が私を呼び止めた。


「おや、野々原さん! お疲れ様です!」


「あ、に、二ノ宮君」


 二ノ宮さんの双子の弟、二ノ宮理久君が書類ファイルを片手に持ちつつ、近寄って来た。


 きっちりと着こなしたブレザーの襟には副会長の証、銀のクローバーに王冠がモチーフになっているバッチが付いている。


「マカロンのお世話、いつもありがとうございます! マカロンも貴女がとても気に入っている様ですね」


「は、はい。私もマカロンが居てくれて、本当に、良かったと思っています!」


「ま。貴女が転入してきて嬉しいのは、マカロンだけでは無さそうです、が」


「??」


「あ、そうそ。今日から教室で授業だったんですよね?……大丈夫でしたか?」


「は、はい! ま、マカロンのおかげで、苦手な教室も大丈夫でした」


 ……あれ?

 なぜ二ノ宮君は、私が教室が苦手なのを知っているのだろうか??


「それは良かった! じゃあ、目的も無事達成した様ですし、ネタバレしちゃおうかな」


「……ネタバレ??」


 目をパチクリさせる私。


「今週、D組は教室以外の場所で授業を行いましたよね? あれって実験授業なんですよ!」


「実験授業??」


「はい! 教室以外の環境で授業を行った場合、生徒たちにどのような心理負荷が起きるのか、実験していたのです。――結果! 生徒たちのコミュニケーション能力がアップし、他のクラスよりも親密度がアップしたそうです! 個人で学ぶ授業などではあまり効果はありませんが、話し合いが多い授業の場合は、率先的に導入していこう、という話になりました!」


 嬉々として話す二ノ宮君。


 ――しかし、どうしてこの話がネタバレなんだろうか……?


 意味が分からずに首を傾げる私に、二ノ宮君は意味ありげな微笑みを浮かべ、


「この実験授業を提案したの、会長なんですよ!」


「えっ? 八神君が!?」


「そうです! 『たった一人の女生徒のため』に、授業の仕方まで変えちゃったんです!」


「……たった一人の女生徒って。もしかして……」


 その時。

 二ノ宮君の頭上に、にゅ〜っと大きな手が伸びてきた。

 その手は彼の頭をがしっと掴むと、ユサユサと揺さぶった。


「理久っ!! お前、こんなところでサボっているんじゃねえよ! 歓迎会の案を今日中に決めなきゃいけねえってのに!!」


「うぎゃあ!」


 その手の主は八神君だった。


 二ノ宮君は頭を揺らされて、眼鏡がずり落ちそうになって支えた拍子に、持っていたファイルがバサバサと床に落ちた。


 私はそのファイルを拾うと、二ノ宮君に差し出した。それを不機嫌そうな顔して奪う八神君。


 その行為が気に入らなかったのか、二ノ宮君は口をへの字に曲げて言った。


「そんな素っ気ない顔したって、もうネタバレしちゃいましたからね! だから会長の下心も、バレッバレですからっ!」


 二ノ宮君の言葉を、すぐに理解出来なかった八神君。


 ポカーンと口を開いた。

 それから。

 見る見ると顔を赤くして「……はぁ?! なんでっ……!?」と動揺し始める。


「じゃ、僕はマカロンと先に行きますので。お二人でごゆっくり~!」


 再び八神君からファイルを奪うと、二ノ宮君はマカロンを引き連れて、去って行った。

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