第45話 自業自得


 聡見は霊などに関しては、基本的に無視している。しかしそれ以外は、首を突っ込むことが多々あった。おかしいと思ったら、正すために行動する。後悔するよりマシだと、そういう考えの元だ。

 その時も、見て見ぬふりが出来なかった。



「よしっ、命中! 10点!!」

「くっそ、今度こそ。おい、動くなよ! 最悪。動かなければ当たってたのに!」


 公園で男子中学生2人が、小石を手に騒いでいた。それを投げて遊んでいるのだ。ただでさえ迷惑なのに、投げている先が信じられなかった。

 雨風にさらされてヨレヨレのダンボール、その中で震えている黒猫を的にしているのだ。捨て猫なのか毛並みがゴワゴワで、目やにのせいで視界が悪そうだ。やせ細ってふらついている猫に対して、酷い所行をして楽しんでいた。

 髪を明るく染めて、制服を着崩し、ガラの悪い2人に誰も注意できない。逆上されるのが怖かった。触らぬ神に祟りなし、とばかりに目をそらした。

 しかし聡見だけは別だった。


「猫をいじめるのは止めろっ!」

「あ?」


 下品な笑い声をあげていた2人は、話しかけられたので石を投げるのを中断する。楽しんでいたところを邪魔したのは一体どこのどいつだと、聡見を睨みつけた。鋭い視線に一瞬怯むが、震えている猫を見て拳を握る。


「か、可哀想だろ。なんで、こんな酷いことをするんだよ」


 ここまで来たら、猫を助けるまで終われない。

 2人と猫の間に、手を広げて立ち塞がった。怖くて足が震えていたが、ささいなことに構っていられない。


「ははっ、なんだよ。ヒーロー気取りか?」

「別に俺達が何をしようと関係ないだろ。お前の猫じゃあるまいし」

「そうだそうだ。子供はさっさと家に帰りな」


 馬鹿にされて悔しかった。どう言い返したらいいか分からず、唇を噛みしめる。

 反撃しないと分かったからか、2人はさらに調子づいた。


「ほらほら、早く逃げないと。お前も的にするからな」

「当たったらボーナス100点な」

「よし、俺の腕前を見せてやるよ」


 そう言って小石を投げるために、1人が腕を振り上げる。

 当たれば痛いし、怪我をするかもしれない。それでも逃げるのが嫌で、聡見は衝撃に備えて目をつむった。


「はーい、そこまで」


 しかし、一向に痛みはやってこない。聡見がゆっくりと目を開けると、そこにはいつの間に現れたのか良信がいた。


「よ、良信」

「やっほー、とみちゃん。正義のヒーローだなんて格好いいね」


 驚いて名を呼んだ聡見に、良信はこんな状況だとは思えないほど、のんびりとした口調で答えた。

 第三者の登場に、初めは驚いて固まっていた中学生だったが、それが自分よりも年下だと気づき調子を取り戻す。


「なんだよ、お友達登場ってか。良かったなあ。こっちも的が増えて嬉しいよ」

「はは、チビが何人増えたところで意味ないんだよ」


 振りかぶった腕から、小石が勢いよく投げられた。それは聡見に向かっていた。しかも軌道の先には目があった。当たれば大怪我である。

 聡見はどうすることも出来ず、小石をただ見つめていた。


「まったく、血の気が多くて困るねえ」


 その小石は、良信が直前で掴む。


「こういうのって本当に良くないよ。うんうん。良くないよね。弱いものいじめはしないつもりだったけど、ここまでされたらさすがにね」

「なんだよ、お前」

「馬鹿にしてんのか。やるぞ、お前」


 あくまでも余裕な良信に、2人は戸惑いながらも強気な態度をとり続ける。実力差の分かっていないのだ。得体の知れなさを感じているはずだが、それが恐怖に直結していない。

 恐ろしい経験をして、ようやく自分達が手を出しては行けない人物に関わってしまったと気づく。その時には完全に手遅れだったが。


「暴力は嫌いだから、後は任せとこうか。ほら、とみちゃん行こう」

「え、いいのか」

「うん。もうやったから」


 黒猫を抱きあげ、良信は2人には興味を失せたように、聡見に帰ろうと言い出す。

 いいのかと聡見が聞けば、もう終わったと言われた。そこで聡見は、引き止められないのに気づいた。


「ひぃっ」

「やめ、止めてくれ。こっちに来るな!」

「うわっ、うわぁああああ」

「ぎ、ぎゃっ」


 2人はこちらを見ておらず、どこかうつろな目をしながら見えない何かから逃げようとしていた。


「え。あの人達、どうしたんだ?」


 普通では無い様子に良信に聞けば、猫を撫でながら目を細める。


「今まで自分がやってきたことを経験しているんだよ。そのうち、自分達を的にされて石を投げられるんじゃないかな。まあ、自業自得でしょ」

「……それなら仕方ないか」


 答えを聞いた聡見は、助けなくてもいいかと判断して、猫を抱いた良信と共に公園から出て行く。

 それから黒猫は、寺でたまに姿を見せるようになった。毛並みもすっかり綺麗に整えられ、どんどんふくよかになり、綺麗な黄色い瞳が可愛いと人気である。

 ただ元野良猫なので警戒心が強く、聡見も数えるほどしか見ていない。神出鬼没だ。

 聡見は助けたのは自分なのにと、どこか釈然しない気持ちを持ちながらも、寺に来るたびに猫の姿を探した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る