第10話 見初められる


 小学校高学年になると、行事で林間学校があり、良信と聡見は近所にある山へ行くこととなった。

 山を登った後は、グループに分かれてバンガローに一泊し、カレー作りやキャンプファイヤーをする。

 教師がいるとはいえ、子供だけで泊まれるのが楽しみで、日にちが近づくにつれてソワソワしだした。

 聡見も楽しみにしていたが、同時に嫌な予感もしていた。良信と一緒のグループになったせいで、ますます不安は大きく膨らむ。

 良信にもその気持ちが伝わったのか、いつもよりテンションが低かった。どうやら、行先の山が気に食わないようである。


「あそこはなー。いいのかな? まあ大丈夫か」


 そう意味深なことばかり言うので、聡見も気になってくる。


「あの山に何かあるの? 別に毎年林間学校をやっているし、高い山ってわけでもないだろう?」

「高さは関係ないよ。いるものが、っていうかー」

「いるもの? うげ、何かいるの?」

「うーん。どこか行っているといいけど……一泊だからなあ」


 うんうんと唸る良信に、聡見はそこまで悩むものなのかと心配が最高潮になる。


「怖い?」


 まだ幽霊などの類を怖がっている頃だった聡見は、その気配を目ざとく察知して震える。良信は、そっと手を伸ばした。

 頬をつまんで伸ばすので、聡見は変な顔になる。


「ひゃにふんだふぉ」

「そんなに怖いなら、今から確かめに行く?」

「へ?」


 グリグリと動かされたので止めろと言っていれば、突然離されて困惑する。良信は返事も聞かずに聡見の手を引いた。



「はあっ、はあっ、走りすぎっ!」


 近所にあるとはいえ、走っていくには遠いものだった。走り続けた良信に手を掴まれているせいで、聡見も走らされることになった。体力の限界を迎えても、休憩させてもらえず走りっぱなしだったので、肩で息をしている。

 そんな様子を、全く息切れしていない聡見は面白そうに笑った。


「あははっ、体力無さすぎ」

「別に、普通だって。それで、ここって……」

「うん、山の入口」

「林間学校で行く?」

「それ以外、どこがあるの」

「ムカつく奴。で? 何しに来たの?」


 息を落ち着かせた聡見は、良信に機嫌悪く尋ねる。何も教えてもらえずここまで来て、煽られれば怒りもする。


「うーん、どうしようかな。入った方が分かりやすいけど、危険と言えば危険だからなあ。ここでちょっと待って――」


 その瞬間、山が揺れた。

 風もないのに木がざわめき、鳥が逃げるように飛んでいく。何ものか分からない、動物の鳴き声らしき音も聞こえてきた。

 聡見は驚きと恐怖で、腰を抜かす。

 良信が馬鹿にしてくると思ったが、予想に反して表情が険しい。森を睨みつけている。

 いつも飄々している良信にしては珍しい姿に、この状況は危険なのだと察する。


「よ」

「静かに。話したら調子に乗るから。いいって言うまで、お口にチャックだよ」


 普段であれば文句を言うところだったが、気迫に押されて口を押さえて頷く。


「確かに、魅力的だよね。欲しくなるのは分かるけど、こんな小さな山の神様ごときにはもったいない存在だから。渡すわけない。諦めないなら燃やすよ」


 山にいる何かに向けて、良信は脅しをかけた。神という言葉に、聡見は声が出そうになったが我慢する。

 山がさらに揺れる。地震が起きているのではないかと錯覚するぐらいの揺れ。

 死ぬ。本気で聡見は、そう思った。

 原因は良信だとはっきりしているのに、聡見の助けを求める手は彼に伸ばされた。

 繋がれた手に、良信は一瞬固まった。しかし回復すると、もう片方の手を山に向ける。そして握り潰す動作をした。


「もう大丈夫だよー」


 いつものゆるっとした雰囲気に戻った良信に、大丈夫だと言われたが聡見はしばらく答えられなかった。

 良信を、少しだけ怖いと思ってしまった。そんな自分が恥ずかしかった。


 林間学校は通常通り行われて、特に何事もなく終わった。しかし山登りの途中、砕けた石が大量に積み重なっている場所があった。

 ほとんどの人は気にしていなかったが、聡見は見た。その石に、何か文字が刻まれているのを。

 良信は、鼻歌を奏でながら石の一つを蹴った。

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