第53話

雁野 来紅かりの らいく side








「またね~、師匠、あざみくん!」



「はいよ」



「またな来紅」




 みんな揃って疲労困憊ひろうこんぱいの帰り道、軽い挨拶の後に来紅は二人とは別の道へ向う。


 これは当然だろう。なにせ綺堂宅へ向う薊、メリッサと雁野宅へ向う来紅は帰り道が違うのだから。


 ああ、けれど


 それでは終われない。




「親友が間違った道に進まないようにするのも友情だよね」




 来紅目線では薊は前科があった。


 それは自分を差し置き年上女性と仲良くしていた事だ。


 勿論、自分のプレゼントを買う為であったのは理解しているし、『あの時』は嬉しさのあまり見逃してしまったが、今は違う。




「私以外に増やさないでって言ったよね? どうしてなの……」




 薊からすれば言い掛かりはなはだしく、そもそも店員さんとは来紅と出会う以前からの付き合いで、友達ですらない。


 なんなら『あの時』に友達から親友にジョブチェンジしたのだから今後の友達作りを見逃して欲しいとすら思っていた彼の心境など知る筈もなく、知っていたとしても許す気などサラサラない来紅にとって、親友であるかどうかは別問題だ。


 故に彼女は決断する。二人の後をつける事を。


 また、尾行するのは二度目であるためハードルが下がっていた事も、こんな暴挙に出た原因の一つだろう。




「薊くん、年上好きじゃないよね? 私がいちばんなんだから、同い年が一番好きだよね?」




 ダンジョンで、あれほどの頼り甲斐を見せた自身の師は齢数百の超年上である。


 たとえ相手がしわくちゃのお婆ちゃんで、この世のほぼ全ての男性が恋愛対象としないような見た目だとしても来紅は疑念を消せない。


 なぜなら薊はダンジョンでメリッサを強く求めていたのだから。


 当時は憎悪からだったかもしれない。けれど、だからと言って今がそうだとは限らないだろう。


 感情が反転するなど珍しくもない。愛情が憎悪に変わるなら、憎悪が愛情に変わっても不思議ではないのだから。


 そんな薊が聞けば発狂するような事を考えながら尾行を続ける。


 薊と並び歩くメリッサに張り合うように徐々に二人へ近づき、終いには会話が判別出来るところまできた。


 まぁ、その頃には二人が家に入る直前だったが。




「さっ、早いとこ案内しとくれ。狭い部屋なら承知しないよ」




 何とも言えない微妙な表情をした薊と、つっけんどんなメリッサを見て来紅は安堵する。




まだ・・師匠は安全みたい」



 と。


 あくまで『まだ』であるが。




「早く、お父さんを説得しなきゃ」




 必要なのは早期の目的完遂、その第一歩は障害たる父の説得であろう。


 母に全てを打ち明け、父の説得に力添えしてもらえば簡単に事が運ぶと思われるが、それはイヤだ。


 あの館に入るまでは両親に打ち明けたくて仕方なかったが、今は違う。薊が工房(ボス部屋)に突入してきた時、思ったのだ。


 このまま攫われたい、と。




「お父さん、お母さん、それに薊くん、ごめんね」




 過ぎ去った過去は戻らない。


 けれど似たような状況を作る事なら出来る。


 薊は感情を憎悪から恋情へ、双子は両親で、メリッサは来紅。


 囚われのを助けるために立ち上がった英雄が駆け付け攫い、二人だけで末永く幸せに暮らす。


 ああ、なんと素敵な未来なのだろう。実現出来れば、この上ない幸福を味わえる筈だ。


 両親には申し訳ないと思うが悪役になってほしい。


 だって、娘の幸せのためなら何でもしてくれるんでしょ?








◆雁野 母 side








 帰ってきてから何故か一皮剥けた雰囲気の娘が最愛の夫にチヤホヤされる不快な食事の後、ついに我慢ならなくなった私は地下の私室へ来ていた。


 誰も入れたことのない私室へ。




「もう来るつもりはなかったのだけど。世の中って意外と分からないものね」




 まさか彼との愛の結晶たる娘のために、この部屋へ来るなんて。


 数年ぶりに訪れた部屋は存外に嫌悪感はなく、むしろ安心感すら覚えた。


 彼を陥れる為に用いた罪悪感から封印していたのに不思議な気分だ。どうやら私も同胞の事を悪く言えないらしい。




「ふふっ、これにしましょう」




 そんな心地よい感情に浸るのも程々に、本棚で所狭しと詰め込まれた本の中から一冊を選び出す。


 その本は…………否、その選び取られた本だけではない。脇に置かれた本や、その本が入っていた棚、部屋にあるもの全てから禍々しい雰囲気が放たれていた。


 彼女の娘が見れば、こう言うだろう。


 まるで師匠の武器庫のようだと。




「さっ、いらっしゃい」




 手に持つ本を撫でながら呼びかけると、表紙の魔法陣が蠢き、一人の少女を呼び出した。


 無論、ただの人間ではない。部屋の禍々しさに負けぬ雰囲気を放つ人外の少女だ。




「お久しぶりです、主様」



「また、よろしくね」



「勿論でございます」




 その返答を聞き、召喚者たる来紅の母は満足気に命令を下す。


 呼び出された少女に拒否権はないが、それも問題ない。何せ契約に則った充分な対価は必ず貰えるのだ。


 彼女が契約したのは契約にうるさいそういう相手なのだから。




「───では行きなさい」



「はっ」



 その言葉を最後に少女を行かせた。


 これで心配ないだろう。なにせ彼女は夫を手に入れた時をはじめ、様々な場面で活躍したのだ。


 未熟な娘が相手なら過剰とも言える人材である。


 そこからくる安心感で気持ちが緩んだせいだろうか。


 普段なら、例え一人のときでも表に出さないように耐えていた感情が口から溢れたのは。




「ふふっ。来紅、あなたが悪いのよ? だって、私からあの人を奪おうとするなんて、こう・・するしかないじゃない」




 影が落ちてる顔の口が三日月をなぞるように吊り上がる。


 それは娘が魔女になった時より遥かに邪悪で、部屋の主として相応しい笑顔だ。




「うふふっ、入学が楽しみね」




 そうして嗤いすら溢すのは、この世で最も若かった・・・魔女。


 以前と同じように最愛を手に入れるため、彼女は『魔』の道へ再び舞い戻った。








───────────────────────



 お世話になります。一味違う一味です。


 この話で一章終了となるので一旦・・完結とします。二章は学園編です。


 読んで下さった全ての方へ、本当にありがとうございましたヽ(=´▽`=)ノ 皆さんのお陰でここまでこれたので感謝の念に尽きません。


 これからも頑張って書いていきたいと思います(`・ω・´)ゞ

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