第40話
◆
工房に入った時、最初に目に入ったのは中央にある紫炎で熱せられた大釜だ。釜の中では赤黒い液体が沸き立ちケロイド状の『何か』が見え隠れしている。
壁際には薬品棚が並んでいるが、本来なら薬瓶が収められているであろう、その場所には散らばったガラス片や大切に保管されていたであろう素材の
メリッサは、それらを見て絶句した後、怒りに震えながら思わず叫ぶ。
「出てこいクソガキどもぉぉぉっ!!」
「「あっ、お婆さん。お邪魔してるね」」
その声に反応したのは、やはり来紅を館へと連れてきた少年と少女だった。
双子は何が楽しいのか、鏡で映したようなソックリの仕草で口元に手を当てながらメリッサをクスクスと
「「お姉さんも来たんだ。本当にお婆さんに道を聞いてくるなんて思ってなかったよ」」
「そんな事はいいの。
その質問に対して同時に首を
「ねぇ、お兄様。少し前に私達が話してたお兄さんの事じゃないかしら?」
「ああ、そっか。あの化け物のことか」
「ふふふっ。お兄様ったら、まだ根に持っていらっしゃるのね」
「う、うるさいな、だいたい───」
「そんな事はどうでもいいの。早く居場所を教えて」
来紅は双子の話が長くなりそうだったので、有無を言わさず流れを断ち切った。
「もうっ、せっかちですね」
双子の会話に出てきた『お兄さん』が、自分の探し人である薊だと、ほぼ確信した来紅は彼の無事を心配して即座に問い詰める。
やれやれ、と言った様子でヘンゼルが答えようとすると、グレーテルが手で制止した。それはもう不気味な笑みを浮かべながら。
「教えてあげてもいいけど、お姉さんは何で知りたいのですか?」
表情で何かを企んでいるのは分かるが、正確な狙いがわからない。メリッサも無言で来紅の肩に手を置いた。まるで何も言うなといわんばかりに。
だが、
「彼は親友で婚約者なの。それに私を助けるために、こんなところまで来てくれたんだから助けるのは当然だよ」
この感情に恥じるところなど何もない。
そう思っている来紅は静止を振り切り言葉を返した。
「あら? あの化け物はお姉さんを助けるために、わざと私達に連れ去られたのですか?」
「そうよ、他に理由なんてないから」
「ふふっ……まぁ、それは素晴らしい友情ですね」
「そうでしょ。あなた達と違って仲がいいの」
グレーテルの陰険な態度に、いつになくトゲトゲしく来紅が接するも堪えてる様子は一切なかった。
むしろヘンゼルの方が腹を立てており、グレーテルに宥められてすらいた。その余裕がなにより来紅の癪に障る。
「ねぇ、お兄さんはお姉さんを探しに来てるんですよね?」
「だから、そうだって言って───」
「でもお兄さんは私達に会った時、お姉さんの事なんて聞いてきませんでしたよ?」
「え?」
どういう事なの?
そう聞きたかったが、上手く言葉を話せない。緊張だろうか、冷や汗が止まらず呼吸が不規則になり視界が明滅する。
しかし、グレーテルの言葉は終わっておらず、止めの一撃が放たれた。
「それなのに、お婆さんの事はしっかり聞いてましたよ。ふふっ、親友だと思ってるのは、お姉さんだけではないのですか?」
そうして、来紅は
「え、どうして……」
グレーテルの狙い通りに
「
心が折れた。
どうして薊は自分のことを聞かなかったの? 本当に私なんて、どうでもいいの? 私はこんなに思ってるのに。 彼のためだけに苦痛を我慢して、ここまで来たのに。 どうして? ねぇ、どうしてなの?
「「あはははははははははっ」」
心底、愉快そうに笑う双子。
そんな隙だらけの二人に、手のひらを向ける者がいた。
「〘
無論、メリッサだ。
彼女は会話の最中、詠唱に代わる魔力の練り上げを行っており、言葉を発せないほど集中していたのだ。
数百年いきた魔女たるメリッサがそこまでして放った特大の魔法は来紅が道中で見たどの魔法よりも高い。
何も知らない他人がいれば、子供にしか見えない双子が為す術もなく惨殺されると思うだろ光景だ。その結果は──
「「ねえ、お婆さん。これが全力なの?」」
ほぼ無傷であった。力を貯めていたのはメリッサだけではない、同じように力を貯めた上に装備等で瘴気に対する対策を行っていたヘンゼルとグレーテルに防がれたのだ。
あわよくば、ここで終わらせたかったメリッサにとって最悪に近い結果である。
「お嬢ちゃん、しっかりしなっ! 魔女が他人の言葉に惑わされるんじゃないよ!」
「どうして……ねぇ、どうしてなの……」
俯きながらブツブツと呟く来紅にメリッサの言葉は届かない。最悪の状況だ。
「あはははっ。お姉さん壊れちゃいましたね」
「……ちっ。あんたらクソガキなんて、あたし一人で十分だよ。掛かってきなっ!」
本来ならニ対ニで始める予定が、ニ対一どころか放心状態のお荷物まで出来てしまった。
強がりを口にしたが、一秒でも早く来紅が復帰することを祈るメリッサだった。
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