第7話

 俺が思うに、ダンジョンとは飴と鞭の存在だ。


 鞭とは当然、出現する道中の雑魚敵であったりボスだ。


 飴とは何か。ほぼ全てのゲームにおいて共通するのは経験値であり、それを積み重ねた先にあるレベルアップだろう。強敵を倒して強くなり、さらなる強敵を倒す。王道で素晴らしいことだ。


 だが、それだけでは態々わざわざダンジョンに潜る理由としては弱すぎる。


 故に、他にもが用意されている事が多い。


 多くの場合は、ゲーム内通貨やレアアイテム、ストーリーに力を入れてるゲームなら専用ムービーやイラストが追加される事もあるだろう。


 そして、この人の悪意を煮詰めて作ったような病みゲーにもそれはあった。特にこのダンジョンにある飴はゲーム内で最高クラスと言っていいものだ。


 それがゲーム時代であったならの話だが……




「食えるかボケェッ! 何が悲しくて自分からトラウマ作りに行かなきゃならねぇんだよ」




 俺が改めて『病みと希望のラビリンス☆』に転生したと実感したのは、今から数分前のことだ。








綺堂 薊きどう あざみ side









「痛ってぇ……」




 『ブラッド・スライム・キング』が死んだ事により、自動で開いた最後の隠し扉に押し出された俺は自身のダメージ量を確認していた。


 下半身は無事であるものの、上半身は火傷や打ち身、恐らくは骨折もある大怪我だった。


 不幸中の幸いは頭から塩とポーションを被っていた事により首から上は軽症なのと、敵が死んだ直後に体液の強酸から無害な粘液になった事だろうか。それがなければ死んでいたかもしれない。




「……そろそろ動くか」




 気力と体力を回復するため大の字で寝転んでいた俺だが、やっとの思いで立ち上がる。


 気分的には横着して、転がって移動したいところだが、上半身に重症を負ってる今は負担が大きすぎる。故に、立って歩く事にしたのだ。




「ふぅ」




 と、言っても距離は数歩だが。


 そうして移動した部屋の中央で、ポツンと置かれていた銀箱の蓋を開ける。中には箱と同じく銀製の十字架に貫かれた、拳より少し大きい心臓が入っていた。


 ここまで露骨な封印をされていれば、たとえゲーム知識が無かったとしても分かる。


 この『血封の迷宮』に封印されているのは吸血鬼だ。


 しかも───




「……本当に動いてやがる」




 弱点であるはずの純銀に貫かれた上で、千年ほど放置されたにも関わらず元気に脈を打ってるのだ。


 アイテム名は『始祖の心臓』。かつての勇者に討伐された始祖吸血鬼の心臓だ。


 ゲームでは、これをキャラクターに使用すると固有スキル【不死の残滓ざんし】を得ることが出来、俺の元々の固有スキル【禍福逆転かふくぎゃくてん】とも相性がいいので絶対に取得するつもりだった。


 だったのだが────




「食えるかボケェッ!」




 そうして、冒頭に戻る。


 さて、『始祖の心臓』の使用方法とは食べる事だ。勿論、調理など出来ない。する暇がないのだ。


 このアイテムは今のように箱の封印を解くと三分で再生が始まり、五分で完全復活を遂げる。阻止するには食べるしかない。再封印など、かつての勇者に遠く及ばない俺では不可能なのだから。


 当然だが、始祖吸血鬼が復活したら病みイベント一直線となる。


 彼は、自身を封印した人間を強く怨んでおり、特に勇者の血筋を狙ってくる。ゲームの主人公は勇者の血筋のため、確実に殺しに来るのだ。


 始祖吸血鬼は敏捷が高いため『逃走』の選択肢を選んでも成功しにくい上、雑魚敵が湧くような場所では確率でエンカウントするようになり、水中ステージでも容赦無く出没するため問題の先送りにしかならないのだ。


 吸血鬼には数段階のランクがあり、最高位の始祖ともなれば銀や十字架は大きな耐性があり、日光やニンニク、流水に至っては弱点ですらなくなるというチート種族だ。


 むしろ、水中ステージで戦えば呼吸の必要がある主人公パーティが不利になるという事態が発生する。もちろん、封印すら出来ない俺に討伐など出来る筈もない。


 だからこそ、ここで俺が食べて無害化するしかないのだ。




「何が悲しくて自分からトラウマ作りに行かなきゃならねぇんだよ」




 たとえそれが、生きた心臓の実食などと言う狂気の沙汰でも。


 ああ…… そろそろ心臓の再生が始まってしまう。そうなれば食べても無駄だ。復活場所が地面かおれの体内かの違いしかなくなる。


 もはや覚悟を決めるしかない。




「うっ、ぎぃ……」




 心臓から十字架を引き抜いた俺は二口で喉に押し込む。


 あまりの不快感と忌避感で吐き出しそうになるのを、自身のハッピーエンド理想を思い描く事で得られる幸福感と渇望により何とか抑えた。


 直後に全身の大小様々な傷が治る。




「無事に得られたみたいだな」




 俺は正常に固有スキルを会得できた事を確信すると、再び寝転がり精神の回復に努めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る