七、宮廷学院の参観ティーパーティー①


 こうしゃく家のじゅうこうな馬車が王都を走っていた。


「私などが行っても本当によいのでしょうか?」


 馬車の中には黒いフロックコートの正装をしたイリスと、きゅうてい学院の制服を着たアーク、そして先日イリスに買ってもらったむらさきのドレスを着たクロネリアが座っていた。

 これから三人で、王宮のルーベリア宮廷学院でもよおされる参観ティーパーティーに行くところだった。


「うむ。アークがクロネリアも連れて行きたいというのでな」


 クロネリアは最初公爵のお世話をするからと断ったのだが、その公爵が「アークのためにも行ってやって欲しい」と言ったのでうことにした。

 となりに座るアークは、もじもじとうつむいている。


「ジェシーが……。ジェシーが連れて来いって言うから……」

「ジェシーに言われたからといって何でも言うことを聞かなくてもいいだろう」


 イリスはうでみをして高圧的に言う。なぜか今日はげんなようだ。

 クロネリアが行くのが不満なのだろうかと、様子をうかがってみるがよく分からない。

 イリスは両親に代わって厳しくしつけなければと思っているせいか、アークの前では必要以上に冷たい態度になってしまうようだ。


「ジェシーに言われたからってだけじゃないよ。僕も来て欲しいと思ったから……」

「クロネリアに来て欲しいと? お前が思ったのか?」


 すぐにアークは真っ赤になった。


「ち、ちがうよ! 最後にみんなで母親に花束をプレゼントすることになっているんだ。僕だけ兄上じゃあかっこうがつかないから……クロネリアに来てもらおうかと思っただけだよ!」


 アークはあわててていせいした。


「ふーん。いつの間にかずいぶんクロネリアになついたようだな。先日はけんおどすようなまねまでしたというのに」

「そ、そのことはちゃんと謝ったよ! そうだよね、クロネリア」

「はい。謝っていただきました」


 イリスはうなずき合うクロネリアとアークをこうに見つめて、不機嫌を深めている。

 そしてさりげない調子でこほんとせきばらいしてから言う。


「アーク、クロネリアの隣ではドレスがじゃになるだろう。私の隣に座ってもいいぞ」


 その言葉を聞いて、クロネリアにはイリスの不機嫌の理由が分かった気がした。

 最近分かってきたのだが、イリスが咳払いした後の言葉には、ほんの少しだけ本心がにじている。どうやらアークが馬車に乗る時、迷わずクロネリアの隣に座ったことが気に入らなかったらしい。

 それでさっきから不機嫌な様子だったのだ。

 なおに隣においでと言えばいいのに、相変わらず愛情表現が不器用な人だ。


「ううん。ここでいい」

「!」


 アークにあっさり断られてショックだったのか、イリスがおそろしい顔になっている。

 イリスの射殺しそうな目つきにおののいて、アークはしゅんと俯いてしまった。


(そんなこわい顔をしてはアーク様に誤解されてしまうばかりなのに……)


 でもここでクロネリアが「隣に座って欲しいだけですよ」などと言ってしまうと、ますますイリスはすために恐ろしい顔をしてアークをかくしてしまいそうだ。

 もどかしいけれど、クロネリアにはだまっていることしかできない。


(でも……。ふふ。なんだか……わいい……)


 アークも可愛いけれど、イリスの不器用さも分かっている者には可愛く思えてしまう。


「何がおかしい?」


 つい、にやけてしまったクロネリアを、まだ怖い顔のままのイリスがにらみつけた。

 分かっていてもイリスに恐ろしい目で睨まれるとびくりとしてしまう。


「い、いえ。なんでもありません」


 こうしてイリスの怖い顔にクロネリアとアークがこおいている間に、馬車は王宮に辿たどいた。



*****



「これが王宮……」


 クロネリアは初めて見る王宮のそうだいさに目を見張った。

 公爵家にもおどろいたけれど、王宮は信じられない広さだった。

 きゅう殿でんせんとうを重ねた美しい城で、教会やサロン専用とうなどもあるようだ。

 周りには兵舎が連なり、衛兵が各所に立っていた。

 しつやメイドの他に役職を持つ貴族の出入りも多く、馬車がっている。

 宮廷学院は、宮殿から少しはなれた場所に建つはくの建物だった。

 すでに他の生徒の保護者たちもとうちゃくしているらしく、馬車から降りるはなやかな人々であふれかえっていた。


 クロネリアはイリスに買ってもらったごうすぎるドレスでいてしまわないだろうかと心配していたのだが、むしろ地味なぐらいだった。

 父親らしき男性たちは金しゅうのフロックコートを着こみ、かみひげを巻いている人もいる。

 母親たちはきそうようにドレスをふくらませ、頭には大きな花かざりのついたボンネットをかぶったり、フリルにおおわれたパラソルをさしたりしている人もいた。

 参観は庭園で催されるらしく、すでに保護者用のテーブル席が庭園を取り囲むようにセッティングされていた。

 それぞれのテーブルにきゅうがついていて、ウェルカムドリンクを運んでいる。

 参観というより、庭園パーティーのようなふんだ。


「スペンサー公爵様のお席はこちらでございます」


 馬車から降りると執事が席に案内してくれて、真っ白なテーブルクロスに花が飾られた席に着いた。


「すぐにお飲み物をお持ち致します」


 それぞれのテーブルに両親と生徒の三人が座り、給仕が世話をしている。

 これは確かに両親がそろっていないとかたせまいかもしれない。

 アークがクロネリアに来て欲しいと思ったのも分かる気がする。

 隣のテーブルに座る男の子は少し甘えんぼうのようで、自分の席にも座らずずっと母親にすがりついて甘えている。


「お母様。僕、ダンスがうまくなったんだよ。よく見ていてね」

「はいはい。どれだけ成長したのか楽しみね」


 母親はやさしく男の子の頭をでている。

 アークは横目でそれをうらやましそうに見ていた。

 きっとアマンダが生きていたころは、アークも同じように甘えていたのだろう。

 ふとその隣を見ると、イリスがそんなアークに手をばそうとしている。


(アーク様の頭を撫でてあげようと思っているのかしら)


 しかしアークがイリスの方に顔を向けると、慌てて手を引っ込めてしまった。

 そして何事もなかったように、どちらかというと怖い顔でアークを見返す。

 アークはぎょっとして、まどうように俯いた。


(本当に不器用な方のようだわ……)


 イリスの溢れんばかりの愛情が、さっぱりアークに伝わっていない。

 それどころかどうようかくすために、きらわれていると誤解されるほど怖い顔になっている。

 けれどくろかみを編んで片側に垂らした美しい貴公子は、やはり女性に人気のようだった。

 イリスの席にはひっきりなしに他の生徒の母親が話しにやってくる。


「イリス様。お久しぶりでございます。いつもむすめがアーク様の話ばかりしていますのよ」


 女生徒の席は庭園の反対側だというのに、わざわざあいさつをしにきたようだ。


「イリス様。実は私には妹がいまして。ともイリス様にしょうかいして欲しいと申しますのよ。一度我が家のお茶会に来ていただけないかしら?」


 この場でえんだんちゅうかいをしようとする人もいる。


「イリス様。今日は主人が仕事で来ることができず、めいっ子を連れてきましたの。ご紹介しますわ」


 直接このチャンスに本人を引き合わせる人までいた。

 独身の公爵子息ということもあるが、やはりイリスとのけっこんを望む女性は多いようだ。

 公爵はイリスがもてないようなことを言っていたが、そんなことはなかった。

 イリスも少し事務的だが、気品に満ちたがおで返している。

 アークはその様子をながめながら、ちょっとさびしそうにしていた。


「アーク様」


 クロネリアはそんなアークに話しかけた。


 「ところでジェシー様というのはどの方なのですか?」


 しょっちゅうアークの話題に出てくるジェシーだったが、どの子なのか分からない。

 みんな家族のテーブルでかんだんしていて、遠くのテーブルはよく見えなかった。


「ジェシーならあそこだよ」


 アークは庭園の先の五段ほどの階段の上に広く置かれたテーブルを指差した。

 そこだけテーブルが三つも置かれて、両親ばかりか祖父母らしき人々までいる。

 そして執事と給仕の数も別格に多い。衛兵も階段の上と下に数人ずつ配置されていた。

 その真ん中のテーブルに長いぎんぱつの少年が座っている。


「え? あの方がジェシー様?」


 どう考えても特別なたいぐうを受けているあの人たちは、もしかして。


「うん。ジェシーはルーベリアの王子だよ」

「お、王子様……」


 まさかクロネリアの人生で、本物の王子様に会える日が来るとは思わなかった。

 その王子様とアークはどうやら親友らしい。


「僕はいつか|団に入ってくんをたてて、ジェシーのこの騎士団の団長になるんだ」


 アークは目をかがやかせて言う。どうやらそれがアークの夢らしい。


「後で模造剣を使ったけんじゅつ演技をやるけれど、僕は学院で一番上手だって言われているんだよ。実戦でだって学院のだれにも負けないんだ」

 アークはちょっと得意げに胸を張った。その様子が可愛い。


「アーク様は運動が得意なのですね」

「学院にいる間の護衛騎士は僕に任せるってジェシーにも言ってもらったんだ。僕がいつも一番近くでジェシーを守ってるんだ」


 ごっこ遊びが楽しいとしごろだが、アークたちの王子様と護衛騎士ごっこはリアルに本職へつながるのだ。本格的なごっこ遊びで将来の練習をしているのだろう。


「それでいつもサーベルをわきに差していらっしゃるのですね」

「うん。でも……今は兄上に取り上げられてしまっているけど」


 アークのこしは今は何もいていない。

 クロネリアのドレスを破いた件で取り上げられたままなのだ。


「そうでしたね……」


 しょんぼりと話すアークをなんとかしてあげたい。

 やがてラッパの音と共に参観が始まった。


みなさま、お席に着かれたようですので参観ティーパーティーを始めさせて頂きます」


 ルーベリア宮廷学院の院長が開始を告げる。


「学院の生徒のみなさんは本部席にお集まりください」


 司会役を務める執事のアナウンスで、生徒たちが家族のテーブル席を名残なごりしそうに見ながら本部席に向かう。


「じゃあ、行ってくるね」


 アークはからぴょんと飛び降りると、イリスとクロネリアにそう告げて行ってしまった。

 すぐに本部席の横に並んだオーケストラの生演奏が始まり、庭園の真ん中がとう会の大広間となって、学院の生徒たちが男女のペアを組んでゆうに進んでくる。

 子ども舞踏会の始まりだ。

 小さなしんしゅくじょたちが可愛いステップをんでダンスをろうする。


「可愛い……」


 クロネリアは思わずつぶやいた。

 学院の制服を着て、女の子はつんと顔を上げスカートのりょうはしをつまみ、男の子は胸に手を当てて紳士の挨拶をして、ちょっと得意げにおどっている。中でもアークのダンスは目を引く美しさだ。

 王子のジェシーも格別のかんろくのようなものがあって注目を浴びている。


「舞踏会に行ったことはないけれど、こんな感じなのですね。なんててきなのかしら」


 クロネリアが言うと、イリスは少し驚いたようにたずねた。


「舞踏会に行ったことがない?」


 イリスの周りでは十八にもなって舞踏会に行ったこともない女性などいないのだろう。


「私は社交界にもデビューしないまま、十三でとつぎましたので……」

「結婚してからでも夫と共に舞踏会に来る人も多いが……そうかあなたは……」


 イリスは言いかけて口をつぐんだ。

 続く言葉はだいたい分かっている。

 あなたはたきりの老人に嫁いだり夫人でしたね、だろうか。

寝たきりの夫を置いて舞踏会に行けるはずもない。

 一生行くこともない場所だった。


「舞踏会も音楽会もサロンのお茶会も……一度も行けませんでした」

「……」


 イリスは言葉をくしたように黙っていた。


「けれど、こうしてアーク様のおかげで雰囲気を味わうことができました。しかも王宮の庭園でなんて夢のようですわ。連れてきてくださってありがとうございます」


 クロネリアは本当にうれしかった。


「いや……私はなにも……アークが言い出したことだ」

「いいえ。イリス様が買ってくださったドレスがあったから参加できたのですわ。きっと今日のことは一生忘れません。この思い出があるだけで私の人生は幸せです」

「あなたは……」


 イリスは何かを言いかけて、結局口を噤んだ。


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