第一占 虎の尻尾に気をつけて ⑥

 ときめいてしまう。美男子かつ皇帝に言われたい台詞上位十傑に入る台詞だ。


 しかし、そのときめきに浸ることができない。だって、食事の対象としての言葉なのだから。絞める直前の家畜に「今日の夕食はお前だ」と言っているのと同じなのだから。


 包子の具にされる運命にある豚や、からっと揚げられる未来が待っている鶏でもなければ、今の月麗の気持ちは分からないだろう。


「さあ、昨日の続きだ。――もう一度、占ってみよ」

「へ?」


 間の抜けた声が出た。食べにきたのではないようだ。


「いいか。俺たちは今、窮地に陥ろうとしている」


 帝が、真剣そのものの面持ちで言う。


「占部尚書の件だが、群臣の反発が激しい」

「当たり前でしょう」


 思わず月麗は突っ込んでしまった。


「まさしく川の水は涸れ、大きな石に行く手を阻まれ、いばらの上に座ってしまったような状況だ」

「ぴったり的中したみたいですけど何か嬉しくないです」

「工部尚書などは、視朝しちょうという意見交換の場で気を失い倒れてしまった」


「何て気の毒な。あの、ちゃんとお医者さんに見せてあげてくださいね? わたしが占い大臣になったせいで工部尚書さんが憤死でもしたら、本当に申し訳ないので」

「心配には及ばぬ。診察した医者からは後五百年は生きると太鼓判を押された」

「それはそれで長生きしすぎでしょう! いつまで忠義の魂を燃やし続けるんですか!」


「そういうわけで、まずはお前の実力を示してみせよ」


 帝が、命じてきた。


「お前の占筮の力で、この国を変えるのだ」


 ――月麗は、占いの依頼を断らないのが信条だ。剣呑なこと、悪事に関わること、私利私欲を満たすためのことでなければ、どんな質問にもできる限り答えてきた。そんな信念が、今揺らいでいる。


 やりたくない。占いで国の改革に携わったりしたくない。


「ふむ」


 黙り込む月麗を見て、帝は何やら考え込む。


「俺の推測が間違っていなければ、お前はどうやら占うことに気が進まないようだ」


 その推測は大当たりである。さすが陛下。分かったならやめて。


「さては尚書の地位が不満なのだな。宰相級の扱いを望んでいるのか」


 その推測は大外れである。さすが陛下。そこでなぜそうなるの。


「ならば、新たな官職をここで創設しよう。官品はじゅうほん、官名は占筮大将軍――」

「待って。待ってください」


 月麗は必死で帝を押しとどめた。このままでは、占い大臣から占い大将軍に出世してしまう。


「分かりました。占います」

「善哉」


 満足げに頷く帝、その鼻先に指を突きつける。そういえば昨日「俺が帝だからって遠慮しなくていいぞ」的なことを言っていたし、あんまりかしこまらないことにするのだ。


「その代わり――ご褒美、ください」


 帝に褒美をねだる妃。国を亡ぼす悪女感満載だが、こうでもしないと滅亡するのは月麗の方である。


「褒美か。いいだろう」


 帝は、気前のいい返事をよこしてきた。


「いいんですね?」

「うむ。俺は帝だ。何でもできる」


 頼もしい言葉である。月麗は早速要望を伝えることにした。それは勿論!


「後宮から下がりたいです!」

「それはできぬ」


 要望は言下に却下されてしまった。「何でもできる」って言ったのに! 嘘つき!


「俺はお前が不満そうに見える。妙なことだ。できぬ理由が分からないのか?」


 帝が聞いてくる。


「そ、そうでは、ないですけど」


 月麗は口ごもる。どうやら、のっぴきならない事情がある気配だ。下手なことを言っては、ぼろがでてしまいかねない。ここは妥協し、別の要求に変えた方が賢明だろう。


「うーん」


 しかし、では何を要求すればいいのか。高い服やら豪華な装飾品はいらない。逃げ出すのに邪魔だからだ。どんなに美しく着飾ったところで、喰らわれればそれまでである。服も帯もあの世までは持って行けない。

 というかそもそもあの世に行きたくない。

 

 お金も不要だ。月麗のいた世界では使えない貨幣で支払われる可能性がある。得体の知れない葉っぱとかだったら目も当てられない。

 

とにかく分からないことだらけで、何を頼むのが効果的なのかも分からない。まったくどうしたらいいのか――ん? 待った待った。分からない?


「――はい。決まりました」


 月麗は、よしと頷くと帝に願い出る。


「この国の常識的な部分とか勉強したいんですけど。よろしいですか」


 闇雲に逃げだそうとしても、上手くいきはしない。まずは情報を集めるのだ。ここはどこなのか。どういう場所なのか。それをしっかり把握した上で、計画を練るのだ。


 兵法でも、「相手を知り自分を知ることで、危なげなく戦える」といわれる。自分が何者であるかは、二十年以上の付き合いでそこそこ把握できている。よって、相手について調べるのである。


「常識だと?」


 帝が、眉間に皺を寄せる。随分と表情が出ている。かなり不審がっているようだ。まあ無理もない。褒美に「社会常識を教えてくれ」とねだる妃なんていないだろう。


「はい。えー、わたくし大変箱入りのコセンヒでありまして、占いのこと以外にはとんと疎くて。親元を離れて妃をやっていくなら、その辺からしっかり身につけたいんです」


 そこで、月麗は何とか理由をひねり出した。


「ふむ。よいだろう」


 結構無理があったようにも思えるが、帝は頷いた。納得したらしい。


「では、きっちり準備を整えたやり方でもう一度占ってもらおうか。俺を占ってくれ」

「あ、ごめんなさい。それは駄目なんですよ」


 月麗はひらひらと手を振る。


「同じことを二度占うのは禁じられています。最初の問いには告げるんですけど、再三すると答えてくれなくなるんですよ」

「なるほど。都合がいい答えが出るまで占うような行為は、慎まねばならぬだろうしな」


 帝は熟考に入った。その様子は真剣で、真剣なだけに段々不安になってくる。


「あの、政治のこととか軍事のこととかは止めてくださいね? 『誰某は反逆を企てているか』みたいなのも駄目ですよ?」


 基本的に何でも占うとはいえ、国家規模の重大事を占わされるのは勘弁してほしい。


「違うな。天下国家の話ではない。もっと私事だ。俺のことではあるが、限定すれば同じ質問ともなるまい」

「それはそうですけど、私事って何ですか? 明日の運勢とかですか?」


「もう少し広い部分だ。――愛である」


 じっ、と。帝は、月麗を見つめながら言った。


「俺には惚れた女がいる。その相手との関係を、占ってほしい」

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