第3話

「おおっ、まさしく龍のひひなじゃな!」

「る?」

「ちこう寄れ。ほら、近くに!」

「る?」


 ヤ・マ猫様のお社では巫女衣装の、いろっぽい女性に迎えられた。

 日本の神社本殿を思わせる、緑青に落ち着いた銅葺き屋根の木造建築。

 それほど大きくない建物だが、歴史と風格は充分に伝わる。


 猫、と名前に付く程だから、てっきりネコが出てくと思っ……い、いや違う! 彼女にはネコ的要素が、ひとつ有るぞ。


 この人よくよく見たら『ネコミミ』っポイんじゃない!?


 セミロングの焦げ茶のカーリーヘアーに隠れて見えづらかったが、人の耳が出ている辺りに三角形の尖った耳が、にょきりと斜め上に向かって生えている。

 アニメ少女の頭の上に大きく乗っかり、頭髪とはまるで違う種類の毛に覆われて、ぴこぴこ自己主張をする不自然なモノとは違い、生き物として正しい位置に突き出した顔のパーツ。皮膚の延長。

 とがり気味の人のモノよりは大きく広い。しかし違和感なく耳だと認められる自然な存在感。


(なんだろう、近いのはエルフ? だろうか)


「あなたが、ヤマ猫、様ですか?」

 ビキニが猫耳巫女さんに近付き話しかけた。

 彼女には別に、とがった耳を驚く感じが見られない。もしかしてこの世界では、個性で片付けられる認識なのだろうか。


「我の名は『マ猫』じゃ。『ヤ』とは、この辺りの地脈の名である。そうじゃな、我のあざなの様な物じゃ……龍や、りゅう。コチラへおいで?」

「る?」

「我は地脈の言葉を感じ、皆へ伝える役目の巫女なのじゃ。だからヤ・マ猫と呼ばれておる……ほれ、こちらじゃ」

「る?」

 さっきから、ひょいひょいと千早を振って手招いているが、ソラはビキニの肩の辺りで、くねくねとホバリングしたまま動こうとしない。

「る?」

「う~む、来ないのう」


「妖精の里のルシアーさんからお手紙と、お使い物を預かって来ました」

「おう、そうであった! お主たちに礼を申したくて、今日は呼んで貰ったのじゃ。さあ、社へ入られよ。ほれ? 雛も一緒に来るのじゃ」

「る?」

 ビキニがチラリと振り返る。

 少々不安げな表情。


(――あまり危険な感じはしないし、なかへ入っても大丈夫だと思うよ)

(はい、そうみたいですね)


「では、お邪魔いたします」

「うむ。雛もおいで」

「る」



 古い社の中もヤッパリ神社の造りによく似ていた。

 清潔に行き届いた板の間の奥に、ご神体らしき尖った岩が、にょっきり天井に向かって突き立ち、祀られている。


「――これが『ヤ』の髭である。つまり地脈の『端っこう』じゃな」

 マ猫さんが奥へ歩んで、あろうことか千早の袖から腕を覗かせ、ご神体の岩肌を自慢げにペちんペちんと平手で叩く。本当に巫女なのか? ダイジョウブか、この人。

「りゅうよ、この髭へとまってごらん? 気持ちが好いぞ、元気になるぞ」

「る?」

 ビキニの肩でくねくね飛んでたソラが、ひゅるん、と音を立てて、ご神体へ向かった。

 そのままぺたりと、ヤモリのように岩肌へ腹を張り付ける。

「るぅる……くるる」

 二十センチ程に伸ばした身体をクルリと岩へ巻き付けて、気持ちよさそうに瞳を閉じた。

「わははっ、本当にカワユイ雛龍じゃ」

 こりこりこりと、ソラの頭を指先でいじくる。

「る」



「――さて雛龍のテイマー殿に、お礼を申し上げねば。まずは、お詫びからじゃな」

「はい? え?」

 ビキニはマ猫さんの突然の言葉に疑問形だ。俺も同意見。


「本来なら此方が出向いて然るべきところ、巫女という立場上ひょいひょいと、この場所を離れる訳にはいかないのじゃ。呼び付けてしまう形で申し訳なかった」


「あ、いえ」

 どうやら彼女は、地脈のご神体が祀られるこの場所を、おいそれと離れる訳にはいかないらしい。

 ビキニにお礼とは、なんだろう?


「我の楽しみは里から送られる、この『銀小鳩』の菓子だけなのじゃ」

 そう言って、ルシアーさんから届けられた鳩の人形焼きを、愛おしそうに口へ運んだ。


「うんうん、うまいのう。それ、テイマー殿もお食べなさい」

 千早に抱える大袋の口を、ビキニの方へも差し向ける。

「え? 頂いても、いいんですか?」

「遠慮は無しじゃ! ほれ」

「あ、はい。いただきます」


 おごそかな純白の衣装を着た巫女と、まぶしい肌を惜しげ無くさらけ出す紐ビキニが、もそもそ鳩の人形焼きを、向き合って食べ続ける絵面になった。

「……」

 それも、歴史の有りそうな神社本殿の中で。

「……」



「――今年は里もお主たちの働きで、たいそうな収穫が期待できると聞いた。我も妖精たちに養って貰っておる身でな、礼を申して置きたいのじゃ」

 漆黒の虹彩が目立つ切れ長の瞳を、すうっと細めて微かにほほ笑む。

「い、いえ、お仕事でしたし……」

「雛龍をテイム出来るお方にも、一度は会ってみたかった」

「……え?」

 ビキニの顔をジッと見つめる。



「――雛の龍はの、脈の子なのじゃ」

「みゃく、のこ?」

「地には地脈、天には天脈と云うものが有る……あの雛は天が其方そなたへ落としたものじゃろ?」

「……そう? ですね」


 マ猫さんはビキニから視線をそらし、ご神体へ張り付くソラの寝姿を返り見た。

 ビキニもつられて、そちらを向く。

「あの子は、天脈の子である」

「ソラが?」

「其方は妖精の織物を求めたと聞く。飛行の恩寵が欲しかったからであろう?」

「はい」


「なんのために?」

 マ猫さんの切れ長の視線が、再びビキニへ注がれた。


「……夜空に有る暗い穴の……底の星へ行きたいのです」


 ビキニと共に、俺もゴクリと唾を飲み込んだ。

 この猫耳巫女さんは、なにか確信を穿つ事を言おうとしている。


「……あま水鏡みずかがみじゃな……」


 大きな溜め息のように、掠れた声がつぶやいた。


「あの鏡の、別の名を知っておるか?」


「いえ」


「……『登龍門とうりゅうもん』じゃよ……」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 本日の俳句。


『地の脈の ねこの目くさが 照らすみち』 ビキニ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る