第5話 初ての戦闘

 途端、コォォォォッと冷気が風となって溢れ出てきた。

 俺は床収納の中を覗くも、底は空洞の深潭となっており、先が真っ暗で何も見えない。

 とても一般家庭用に作られたとは思えなかった。


 ここが小ダンジョンだってのか?


「……まるであの世と繋がっているようだ」


「半分正解よ。真乙、『鬼門』って知っている?」


 美桜が訊いてきた。


「鬼門? ああ風水とかで有名なアレだろ? 確か北東と南東の方角で、そこから鬼が出入りするから不吉だとか」


「ええ、この『呪いの家』はその類に近いわ。簡潔に言うと、このダンジョンは『異世界の影響を受けている鬼門』ってわけ」


「ってことは、ここから異世界に行けるってことか?」


「この小ダンジョンからじゃ無理よ。あくまで人の私怨に影響して次元が歪められた簡易的な場所だからね」


「私怨? 人の恨みや憎しみの念ってやつか……なんか異世界の転生や召喚条件に似ているな」


「そう、想念が強ければ強いほど、異世界へと導かれやすいわ……女神アイリスもそれを指標に人間を選別しているってわけ。この小ダンジョンはその残留思念が強すぎて偶然繋がってしまった場所なのよ」


「思わぬ隠しスポットってわけか……けど、こんなのが日本中、いや世界中にあったら、最早心霊スポットじゃ済まされないよな? 全然騒ぎになっていないのはどういうこと?」


「ダンジョンは伊能市にはしか存在しないからよ。それに“帰還者”以外は秘密にしているからね。特にメインのダンジョンは『おっかない人達』が厳重に管理しているわ……」


「また、おっかない人達か……それってギルドとか?」


「ギルドは下請けね……いずれわかるわ。とにかく入りましょう」


 美桜はしれっと床収納の空洞に身を乗り出そうとする。


「ちょい待って、姉ちゃん!」


「何、どうしたの?」


「……いや、強いモンスターとかいないよな?」


 急にびびってしまう、俺。

 だってもろ異世界と繋がっている場所なんだろ?

 下手したら、とんでもなく強力なモンスターがいるかもしれない。


「大丈夫よ。メインと違って、たまたま出現した小ダンジョンだもの。一般人でも十分に斃せる雑魚ばかりよ。だから放置されているんだからね」


「雑魚ね……なら行こうか」


 まだ不安があるけど、勇者の姉が一緒なら問題ないかと判断する。


 俺は美桜に続き、床収納の空洞へと入った。

 一瞬、吸い込まれるような感覚に見舞われる。


 すると、いつの間にか硬い岩の地面の上に立っていた。

 周囲は薄暗い洞窟状で、奥行きが闇に包まれて何も見えない。

 上を見上げると、天井を吹き抜けている空洞がある。

 そこから小さな四角い光が漏れ、頭上へと注がれていた。


 俺達はあそこから来たんだよな?

 かなり距離があるんだけど、瞬間移動でもしたのか?


「……姉ちゃん。上に戻るにはどうしたらいいんだ?」


「ここに立って戻りたいと念じれば、すぐに戻れるわ。異世界は『想い』に反応しやすいからね」


「想い……イメージとか? そういや“帰還者”じゃない俺も魔法とか覚えて使えるの?」


「頑張れば可能よ。そもそも現実世界の霊感とか霊力は、異世界では魔力と同一となっているわ。ステータスの魔力MPも霊力ってわけ。つまり本来なら誰もが備わっている力よ。知力INTを上げれば攻撃力と高度な魔法が修得できるわ」


 なるほど、俺はもっぱらVIT防御力中心に極振りしているから覚えづらいかもしれない。



 それから美桜を先頭に奥の方へと進む。

 

 如何にも鍾乳洞の中という光景が広がっており、完全に別世界だと思った。

 だけど思いの外、視界はいい方だ。

 奥行こそ見えないが、何故か周囲には青々とした仄かな光が宿り、周囲を照らしている。


「岩の光なのか? まるで俺達を導いているようだ」


「魔力岩石ね。まぁ、私なら魔法で辺りを照らすことくらい問題ないけど、その必要はないみたい――真乙、出るわよ!」


 美桜は身構えると、前方の暗闇から何かが現れる。

 

 やたら飛び跳ねる存在。

 1m以上ある体躯に、長く伸びた両耳。

 灰色の体毛を持ち、赤黒色で鋭く輝く双眸を持つ動物。

 一見して巨大な兎にみえるが、露出した前歯は鋭い牙と化した醜悪であった。


「な、なんだ、こいつ……こいつがモンスター?」


「真乙。《鑑定眼》で見れば、そのモンスターの正体がわかるわよ」


「わ、わかったよ」


 美桜に言われるまま、《鑑定眼》を発動し、巨大兎を見てみた。



【ヘイナス・ラビット】

レベル3

HP(体力):15/15

MP(魔力):5/5


ATK(攻撃力):15

VIT(防御力):5

AGI(敏捷力):25

DEX(命中力):10

INT(知力):2



 おっ! わかったぞ。

 ヘイナス・ラビットって言うのか。

 敏捷力AGIは中々だが、それ以外は大したことないな。

 レベル3だし、今の俺なら大丈夫な筈だ。


 ジャージ姿の俺は右手に持つ木刀を掲げ、左手に握るフライパンを前に出して構えた。

 とてもシュールで決して冒険者言えない恰好だけど、この際仕方ない。


「経験値に影響するから、お姉ちゃんは手を出さないからね。真乙一人で頑張るのよ」


「わかっているよ……よし、来い!」


 俺は強気で威勢を張るも、下半身はガタガタだった。

 格下とはいえ、俺にとって初めての戦闘となるのだから……。


 ヘイナス・ラビットは鋭い眼光で睨みつけてくる。

 俺の知る可愛らしいウサギちゃんとは雲泥の差がある悪相もあって、不気味さについ射竦められてしまう。


「ピギィィィィィィィ!」


 突如、ヘイナス・ラビットは突進してくる。

 恐ろしい跳躍力に素早さ。敏捷力AGIは伊達じゃない。


「ひぃ!?」


 俺は喉を鳴らしてしまう。

 フライパンを翳し防御を試みた。

 しかし、ヘイナス・ラビットの牙があっさりとフライパンを貫通し引き裂いてしまう。


 駄目じゃん、これ。

 やっぱ調理以外に使用したらいけませんわ。


 などと言っている場合じゃない!


 ヘイナス・ラビットは獰猛ぶりを発揮し、大口を開けて俺の腕に嚙みついた。

 ああ、このままでは俺の腕が噛み千切られ食われてしまう……そう絶望した。


「うがぁ、痛でぇ――……って、あれ? 痛くない」


 全然痛くなかった。

 甘噛みされている感じで無傷だ。


 けど左腕のジャージ袖が酷く引き裂かれている。

 ヘイナス・ラビットも唸り声を上げながら必死で食らいついている様子だ。

 決して手加減しているようには見えない。


 ってことはだ。


「――俺の防御力VITが、こいつの攻撃力を圧倒しているからか?」


 確か今の防御力VITは200だ。

 さらに《鉄壁》スキルの効果で2倍になるから400まで跳ね上がる。


 俺はニッと口角を吊り上げて微笑む。


「それじゃ、次は俺のターンだ!」


 左腕を噛ませながら、奴の頭部に目掛けて木刀を振り下ろした。


「ブギャ!」


 思いの外、威力があったのか。


 ヘイナス・ラビットは頭部から流血し、俺の左腕から離れていく。

 それでも怯むことなく、今度は顔面に目掛けて飛び跳ねて襲い掛かってきた。


「ぐっ……」


 俺は思わず立ち退いてしまう。

 敵の流血を見て急に戦慄してしまった。


 これまでクラスの奴らに殴られ蹴られ、口や鼻から血を流したことがあってもその逆はなかったからだ。

 明らかに異形のモンスターとはいえ、傷つけることに抵抗感が芽生えてしまう。


「真乙、びびっちゃ駄目よ! 男でしょ、戦いなさい! 相手はモンスター! 人を襲い食らい殺そうとするバケモノよ! 遠慮はいらないわ!」


 俺の背後で美桜の檄が飛び木霊する。


 そうだ。

 こいつはモンスターだ。

 動物愛護精神なんて該当しない異世界のバケモノ。


 VRゲームだと思えばいい。


 ――やってやる!


「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は木刀を突き立て、カウンターを浴びせる。

 攻撃は晒した胸部へと刺さり貫通した。


 同時にバキッと木刀が折れてしまう。


「ブギャ……」


 ヘイナス・ラビットは胸部に刺さった木刀ごと地面に倒れた。

 瞬間、全身が光の粒子となり散開して消滅する。


 その場には、菫青色アオハライトに輝く小さな石だけが残った。

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