第二十五話 情報



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 話し終えても、業は無表情だった。その仮面の下にあるものはなんだろうかと、≪模倣犯≫は想像する。怒り、悲しみ、憎しみ。どれも違いそうでどれでもありそうな、複雑な様子。煮えたぎる湯を厚い泡で蓋をして、表面上は冷静に見せているだけのように見える。


 ≪模倣犯≫は為人を見ることに長けていた。それは己が正義を執行するため、善人か悪人かを自身の物差しで測るためだ。観察眼には自信があった。けれどそれは、おおよそ普通に育ってきた人間にのみ適応される。


 業は幼少期から区別され、特殊な環境下に身を置かれ、異様な価値観を植え付けられ、そして放棄された。なかなか出会うことのない育成記。特殊なものほど想像は難しい。感情を表に出していれば、≪模倣犯≫はて選択肢を作ることができただろう。だが、業のように押し込めた人間というのは、最小値も最大値も、気持ちや言動のキッカケすらも、測ることが難しい。


 面白くない、と≪模倣犯≫は腹の底に泥を敷き詰めた感覚を持った。すっきりしない。明確にならない。気持ち悪い。


「水を差すようで悪いけど、妹さんが黒幕、っていうのには決定だが足りないんじゃないかな? 見た目だって偶然かもしれない。君だって、被っても不思議ではないって判断したんだろう?」

「そうだ」

「もっと確定的な決め手はないものかな? じゃないと、僕は君を、君すらも『悪』として殺さなきゃならない」


 殺したくない、という≪模倣犯≫の本心の訴えだった。業と≪模倣犯≫、戦えば分があるのは経験の差で≪模倣犯≫だ。過去の話をして平静ではない精神状況であり、≪撲殺≫に対して怯える業と、≪撲殺≫と何度も戦って飄々としている≪模倣犯≫。賭け事が行われているとしたら、片方に票が集まるだろう。


「決め手。決め手は、正直、ない」

「……ふーーーん」

「関わっているのは少なくとも確かだ。だから、殺す前に聞きたいんだ」

「何を?」

「何で、空木に接触したのか。探していたのは誰なのか。なんで、空木と同じ格好をしているのか」

「……なんで、なんで。質問ばかりだね」


 ふむ、と呟く。頬にあった手が口元に移動する。≪模倣犯≫は業には見えないようにしながら、ぱくぱくと口を動かした。そして、「ああ」と呟く。


ほどこしはなしだね。でも君は≪撲殺≫を殺しに行きなよー。僕は≪銃殺≫でも殺りに行こうかな」

「……どういうつもりだ」

「なに、不思議なことじゃないよー。君も少しは思ってたんじゃない?」


 台から飛び降りた。既視感のある光景は、業の警戒心を少しだけ緩めた。近づいてくる。両手を伸ばせば握手が出来そうな距離で、≪模倣犯≫は小さく笑う。その後ろで、シュナがゆらりと立ち上がった。


「僕たち囚人は、君の妹さんについて知っているかもしれない。それは考えたぁ?」


 頷いた。


「島流しは情報規制、秘匿にされている。島自体、一つなのか二つなのか、いくつあるのか。囚人はどこにどうやって分配されるのか。法則があるのかないのか、それすらも知っているのは数えるほどの人間しかいない。だから可能性は低い。けれど0じゃあない」

「お前は、知っているのか」


 妹がどこにいるのか。


「うん、知っているよ。と、言うよりは、心当たりがあるっていうのが正しいかなー。君が見事≪撲殺≫を殺してきたら、また話をしよ?」


 するりと業の横を通り過ぎた。がら、と背中で扉が開け放たれる音がする。


「あ、それ、貸してくれない?」


 その一言で振り向いた。≪模倣犯≫は自分の背中に手を回している。業に貸せる何かがあるとすれば、業が背負っている薙刀だ。


 背中から引き抜き、刃を≪模倣犯≫に向けて突き出した。意にも返さず、にこやかに「ありがとう」と刃に近い柄を掴んだ。


 ここで業が手をひけば≪模倣犯≫は負傷するだろう。得点は200点、もしかしたら300点も超えているかもしれない。その点数さえ得られれば、業はトップだ。安全圏に潜み、全員が餓死するまで待てば勝てる。


「じゃあね。またここで」


 しなかった。≪模倣犯≫は階段がある方向へ姿を消した。

 ゲームの勝率より、妹の情報へ天秤は傾いたのだ。


 業の隣にシュナが並ぶ。いかにも「心配しています」と言わんばかりの表情は、業のどこにも響かない。

 ≪模倣犯≫を追うようにして、業は扉の敷居を跨いだ。

 叫び声がする。≪撲殺≫が痺れを切らしたようだ。声のした方へ行くと、何故か体育館へ向かっている。


「≪撲殺≫は死体を集めていました。もしかしたら、それを取りに行くのかもしれません」


 何のために死体を集めていたのか、それまではわからないとシュナは言う。様子を観察していると、複数の死体を持って階段を駆け上る、滑稽な姿を目撃した。


「屋上には≪銃殺≫がいます。そちらを狙うのかもしれません」


 屋上の扉の前に死体を山のように積んでいた。シュナの予想は正しい可能性がある。業は屋上の扉からまたさらに登り、小さなスペースに身を隠した。


「まさか、こんなにすぐ会うとはね」

「≪模倣犯≫……」

「やあ」


 先に潜んでいた≪模倣犯≫は、楽し気に≪撲殺≫を観察する。

 業は、業が殺した≪絞殺≫の鞭をシュナに取りに行かせた。業はタイミングを見計らって≪模倣犯≫を引き付ける。その間、≪模倣犯≫は≪銃殺≫を相手にすることとなった。

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