第二十三話 減っていくお菓子

 所謂、ギャル。派手な見た目は人の目を引き付ける。人気のない公園にいるのはひどくアンバランスだ。まるで雑誌から切り取って貼り付けたみたいにマッチしない。

 金の髪が夕日を反射させて、男児の瞳を射す。男児が答えないでいると、気だるげに溜息を吐きながらもう一つのブランコに座った。


「なんか返してよ。寂しーじゃん。ほら、これあげるから」


 差し出したのは、細長い菓子。一般的なそれも、安価なお菓子。けれどそれは、男児には初めて見たもので。栄養の足りていない体は、目は、頭は、そのお菓子にくぎ付けになった。


「食べなよ。ほれ」

「……」


 小動物のように恐る恐る手を伸ばす。指先でつまむ程度の細さ。初めて触ったそれは固く、少し力を入れてもつぶれたりはしなかった。お菓子をとったことに満足したギャルも、数本をつまんで口に運び、ボリボリと嚙み砕く。


 まるで親の真似をする子のように、ギャルの姿を真似て頬張る。塩味が口の中から体に染みていく。硬かったはずのそれは、唾液を含んで柔らかくなっていく。あっという間に位まで落ちてしまい、物足りないと体が叫ぶ。


「おいしい?」

「……」

「ほら、もっと食べなー。お腹すいてるでしょ」


 開けられた袋と、開けていない袋。また違ったお菓子。ぐみ。ちょこ。クッキー。ゼリー。男児は知らないそれらから目を離せなかった。どう食べたらいいのかもわからない。袋を適当に開けて中身が飛び散った。ギャルは笑いながら「3秒ルール!」と食べた。


 しばらく男児の口は忙しかった。食べたことのない味、触感。酸っぱくない、胃が拒否せず喜んでいる。同時に驚いて、戻ってきそうになった。それすらもギャルは笑い飛ばした。人が笑う声を間近で聞いたのは、いつぶりだろうか。


「あたしは空木うつぎ 緋鳥凛ひとり! 一応、出席番号のすぐ後ろなんだよ!」


 ギャルが喋るだけだった。マシンガンのように喋る彼女に圧倒された男児は、頷きや相槌やリアクションだけをとるだけで精いっぱいだった。人が発する言葉を理解することの大変さを思い出していた。


 それだけのやり取り。学校では接触することはなく、約束もなしに公園に集まる。ギャルは毎回お菓子を持ってきていて、一人ずっと喋る。よくそんなに喋ることがあるなと、理解するのをそっちのけに思ったのは暫く経ってから。


 ある日。男児が人の気配を感じて公園を覗くと、珍しくギャルが先に来ていた。誰かがいる。背格好は女性だ。背中を向けていて顔はわからない。わかったところで意味はない。男児の知る女性は、ギャルのほかに母親しかいない。母親ではないことは背格好だけでも確かだった。

 しばらく待機していた。けれど一向に帰る気配を見せない。男児は諦めて、公園から離れた。


 次の日。文句を言われた。


「なんで来なかったの!? 新作のお菓子持ってきてたのに!!」


 頬を膨らませながらわめく彼女を、しどろもどろな危うい日本語でなだめる。ひたすらにお菓子を頬張っているうちに元の笑顔が出てきた。男児は安心して、小さく息を吐いた。


「なんかねー。身内を探してるんだって。元気にしてるか心配してて、同じ歳ぐらいだから知らないかって聞かれたの。ここら辺で目星つけてるらしくて、また来るかもって」


 空を見上げながら、昨日の女性について語る。「心配なんだよねー。友達にも聞いたけど、誰も知らんてー」と言いながら足を揺らす。人探しならば自分は何も力になれない。またその女性が来たら、彼女はそちらと話してしまうかもしれない。


 寂しい。いやだ。


 明るくない色をした感情が湧き出てきた。はっとして、頭を振る。結局、その日もそれまでと同じように彼女が話して終わった。


 数日後。

 彼女は、死んだ。

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