第十七話  仕掛け

「だあああああああ!!! どこ行った≪模倣≫おおおおおぁあああああああああ!!!!」


 一階。二階。三階。四階と。≪撲殺≫はただ一つの目的のために歩き回った。≪模倣犯≫という想い続ける相手を探す。そして楽しく殺し合う。仲良くなりたい相手を見つけて遊びに誘おうとしている。

 教室を見ることはできない。腕自慢故にこじ開けようとしたが、できなかった。ただ歩いて、気配を感じたら見て確認するまで追い続ける。人数が減ってたので、気配は少ないが当たりの確率は高くなった。けれど、≪毒殺≫を殺してからというもの、姿も気配も何もなくなってしまった。


「タマるぜ。先アイツと遊ぶやるか」


 ≪撲殺≫の頭に浮かんでいるのは、≪銃殺≫。≪撲殺≫という徒手格闘の手練れは飛び道具の経験が少ない。警戒する頭はある。そのための対策も一応考えた。≪撲殺≫のほうもたまは集まってきた。できないことはない。

 思うように殺せないのはむしろ楽しい。けれど、殺したいのに殺せないのはストレスが溜まる。≪毒殺≫を殺したとしても、すぐにフラストレーションは蓄積してしまう。

 何かで、誰かで発散しなければならなかった。頭が破裂しそうだと。他の生き残りを探すよりも、居場所がわかっている相手の方が手っ取り早い。


「ぅし! 行くか!」


 一番価値のあるものはしっかり楽しみたい。今のまま≪模倣犯≫に会ったら、待ちわびたばかりに楽しむ前に殺してしまうかもしれない。自分の性格を加味しての判断。


 ≪撲殺≫は自分が与えられた部屋である体育館に来た。

 扉を開ければ、積み上げられた計三十人超えの死体の山。

 首を二つずつ脇に挟み、両手で一人ずつ服を掴む。計六人を屋上の目の前に運んだ。乱雑に積み直した死体を前に何かの達成感を得た≪撲殺≫は、途端にやる気を出した。≪模倣犯≫にしか感じなかった高ぶり。≪銃殺≫は間違いなく強者だ。経験の少ない銃との戦い。戦闘狂の≪撲殺≫にしては珍しく作戦を考え、準備を整えた。満を持して戦いを挑む時、胸の高鳴りは最高潮に達する。


「おい」

「あ? っ、なんだ!?」


 屋上に繋がる扉の、さらに上・・・・。物置スペースになっている場所から、業が飛び降りた。

 ≪銃殺≫よりも狙いやすそうな丸腰の相手。狩猟者の思考が優先順位を変えた。戦闘へと意識を切り替えた≪撲殺≫は階段下にいる業へ駆けた。


「てぇやぁぁああああ!!!!」


 人の頭ほどの傷だらけの拳が業に振り下ろされる。業は直線的な攻撃をひらりと冷静に避ける。拳、そして反対の手を床につき、丸太よりも太い足が体を捻って業の頭を狙う。

 風を切った足を、身を小さくして避けた。足の遠心力で姿勢を取り直した≪撲殺≫の背を、汗を垂らしながら睨みつけた。


「テメェ、よく避けるじゃねぇか」

「……どうも」

「いいぞ。さっさとくたばらないだけ、他の虫どもよりも楽しめるのは確かだ。お前で遊んでやる」


 正面から向き合い、相手の出方を窺う。≪撲殺≫は拳を構える。業は身を低くして、相手の動きを見極めるために瞬きをやめた。


 ……。

 …………。


 …………。

 ……………………。


 ……。


 業は背中を向けて走った。


「逃げるなぁぁぁあああああ!!!」


 何度目かの怒号を巻き散らしながら、大男が大男を追いかける。階段を駆け下り、廊下を渡り、階段を下りる。初めにいたのは屋上前。戦闘開始は4階。今は走って2階にきた。その間、業は時折後ろを振り向き、距離を詰められているのを確認しながら走り続ける。≪撲殺≫は律儀にも叫び声を上げながら追いかけている。


「クソが!!! 殺されろぉぉぉおおおお!!!」


 聞く耳を持たず、業は1階に降りた。業の安全圏を通り過ぎる。その時点で大きく息を吸い込み、スピードを上げた。突き当たり。そこには無残な≪毒殺≫の姿がある。

 業は≪毒殺≫の服を脱がす。服越しに腕についたを剥がして、振り向いた。

 多少息を上げた≪撲殺≫が、目を血走らせている。


「逃げ回るんなら出てくんじゃねぇよ雑魚が!! くたばってろ!!!」


 唾を吐き散らした罵声が、業の鼓膜を刺す。業は口を開かず、その手に握られた袋、そして試験管を放り投げた。

 それは、≪撲殺≫には見覚えがある光景だった。自身が殺した≪毒殺≫がやっていたような行動。『警戒』するという言葉を忘れてしまった≪撲殺≫は、舞い散る粉を吸った。追って顔周りにかかる液体。

 瞬間、喉に焼き付くような痛み。


「っ!」


 体が身を引いた。不気味な粉と水分が業の姿を眩ませる。凝らしてみれば、穴の開いた階段から垂れる何か。落ちていく粉とは逆の方向に動いたせいで露になる、業の姿。


「逃げるなあああああああ!!!!」


 叫ぶも、不気味な粉には近寄れない。廊下に粉の層ができたことで、≪撲殺≫は足を踏み出すのをやめた。ただ見つめるしかできない方向には、≪模倣犯≫とともに行動していたはずの女の姿がある。


「テメェら……!」


 業は2階に到達した。垂らされたものは紐状の何か。その状況だけで手を組んでいることがわかる。二人が自分に何かをした。殺したいのに殺せない。相手に何かを仕組まれている。≪撲殺≫の苛立ちは最高潮に達した。


「ぶっ殺おおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおっす‼︎‼︎‼︎」


 ≪撲殺≫は来た道を戻った。今度は声を上げず、ひたすら足を動かした。自分の身に何かが起こる可能性を考えず。

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