第3話 転入生は春の嵐のように

「…ど、どうして…」


 ざわざわと騒がしい教室の中で私は絶句した。

周囲からはキャーキャーといういわゆる「黄色い声」が上がり続けている。

普段なら、ただ平凡な日常を象徴するかのように変わり映えの無い教室…が、今、まるで人気アイドルのライブ会場のステージになってしまったかのように、人々の熱狂と興奮で満たされているのだ。


「天音奏です。趣味は楽器の演奏と音楽鑑賞…と、漫画を読むことです。知っている人もいるかもしれませんが、ピアニストを目指していて、その関係で学校を休むこともあると思いますが、勉強も頑張ります。よろしくお願いします。」


 そう教壇の上に立ち、丁寧に挨拶をしているのは、先日のピアノ発表会で出会った美少年天才ピアニスト…天音奏くんだ。

 明るく人懐こそうな笑顔をみんなに振りまきつつ、私とバッチリと目が合った瞬間には、こっそりウインクをしてくれて、私は思わず気絶しそうになった。(隣の席の女子は歓喜のあまり悲鳴をあげていた…)。

 ここまで女子の興味を引いてしまうと、同性の男子からは嫌われそう…なんて予想もしたのだが、本物のモテ男と言うのは同性にもモテてしまうらしい。挨拶を終え、最初の休み時間になった時には、彼の机の周りには男女問わず多くのクラスメイトが押し寄せ、楽しそうに談笑をしていた。

 私は、その光景をただただ茫然と眺めていることしか出来なかった。


 クラスメイトどころか隣のクラスの人たちにまで囲まれて、とても個人的な話なんて出来なさそうな状況を自らぶち破ってくれちゃったのは、当の天音くんだった。


「放課後に校内の案内をお願いしたいんだ。出来たら、そっちの橘さんに」


 突然のご指名にどよめく教室。女子からは嫉妬と怨嗟の声が、男子からは好奇の視線が飛んできて、私は逃げ出したくなってしまった!

 けれど天音くんは涼しい顔!


「同じ音楽スクールに通ってる友達だから」


 なんて周囲の人たちもギリギリ納得してくれる(?)ような理由を説明をし、強引に私を引っ張って教室から飛び出したのだ。

 私からしたら後がちょっと…いやかなり怖いけれど、それよりも彼に聞きたいこともあったので、このチャンスを逃してはいけないと質問を投げる。


「どうしてこの学校に転入なんてしてきたの?

 ピアノのことを考えたらこんな公立じゃなくて私立に行くよね?」

「? …ああ、そりゃあ高校は、音楽専攻の大学があるところに入るつもりだけど、今はレッスンは個人レッスンの先生から受けてるし、そんなに支障はないかって……」

「そう言うことじゃなくて…」

「? だってさ、言ったじゃん。お前が思い出すまで、傍にいるって」

 そう不敵に微笑みながら人差し指を立てて唇に当てるポーズが何だか色っぽさすら感じて眩暈がした。

「そ、傍にいるって言っても… いつ会ったかもわからないんじゃ、思い出せないよ…。せめて何かヒントとかくれないの?…本当に人違いかも知れないし…」

 私のそんな言葉に少しだけ彼はムっとしたような表情をする。

「…俺がお前を間違ったりするか。橘花音」

「ふへっ!?」

 急に大真面目な調子で名前を言われて、思わず体が跳ね上がってしまった。

「…………」

「…………」

 じっと私を見つめる天音くんと、蛇に睨まれたカエルみたいに視線を逸らせない私。二人の間に沈黙が流れる。

「絶対、人ひと間違いなんかじゃない」

「…う、うん………」

 その真剣な眼差しに圧倒されて、私は思わず素直に頷いてしまう。

 その様子に天音くんは満足そうに笑った。

 その顔は、普段より少しだけ幼く見えて、いつもの"完璧な王子様"みたいなお行儀の良い顔とはちょっと違う"無邪気な男の子"の表情だった。


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