「エリス、あなたは本当に素直で優しい子ね」

「えー、これ本当に言わないとダメ?」


「タイミングが重要だろ? これはかなり強力な呪魔法になるし……」



「セイレンさんたちは何を話しているんだろう」

アリシアとセイレンが小声で相談している様子を見ながら、カイルが言う。


「森を元通りにしてくれるって言ってたけどね」

エリスが答える。



「分かったわよ! やります、やりますってば!」

しばしの相談のあと、アリシアが叫んだ。


アリシアはセイレンの手を握り、魔法陣を描き始めた。魔法陣は赤と青の二色で、それぞれ呪詛と魔術の力を表していた。二人は息を合わせて呪文を唱えた。

「光よ、我らに宿れ!」

「闇よ、我らに従え!」

「二つの力が一つになる時、世界は新たなる輝きを見る!」

「ソラリス・ハート・ブレイズ!」


呪文が終わると、魔法陣から強烈な光が放たれた。光は森全体を包み込み、氷を溶かしていった。やがて、光は消えて、森はかつての美しさを取り戻した。月の光が差し込み、花々が咲き誇った。


「すごい……」

カイルとエリスが声を上げた。


「ふぅ……これで終わりだな」

セイレンがほっとした顔で言った。


「なによ、あの呪文は! 光よ、闇よ、とか、輝きとか、とんでもなく恥ずかしいじゃない!」

アリシアがセイレンに不満をぶつけた。

「とどめにソラリス・ハート・ブレイズよ! ああ、また私の黒歴史が……」


「まあまあ、そんなに怒らないでくれ。おかげで効果は抜群だったろう?」

セイレンは笑って言った。


「効果はともかく、こんな恥ずかしい呪文は二度と言わないから! もしまた言わせようとしたら、私があなたを氷漬けにしてあげる!」

アリシアはセイレンの手を振り払った。



「今のが呪魔法だよ」

セイレンは二人に呪魔法の仕組みを説明し始めた。呪魔法とは、人族の魔術と魔族の呪詛を合わせた力であること。力を引き出すには互いの感情や意志を共有することが重要なこと。エリスとカイルはセイレンの話に興味津々だった。


「私たちが森を凍らせてしまったのも、呪魔法の力のせいだったんですね……」


「そうだよ。でも、呪魔法は悪いものじゃない。正しく使えば、すごく強力な力になるんだ」

セイレンはエリスとカイルに励ましの言葉をかけた。二人はセイレンに感謝の笑顔を見せた。


「それで、どうして呪魔法が発動してしまったんだろう?」

セイレンは二人に尋ねた。


エリスとカイルは顔を見合わせて、少し照れくさそうに話し始めた。

「実はね、この森にはルナリアの涙っていう、すごくきれいな花が咲くんだよ」

エリスはセイレンに言った。ルナリアの涙とは、月の光を浴びると白く輝く花であること。この森では夜になると一斉に咲き、月光に照らされて幻想的な光景を作り出すこと。


「私たちはその花が大好きで、いつも一緒に見に来てたんだ」

カイルはエリスの話を補足した。二人はこの森で出会い、友達になったこと。人族と魔族の仲が悪いことを知っていたが、気にしなかったこと。


「でもね、ルナリアの涙は夜明けとともに散ってしまうんだ。私たちはその花を永遠に見ていたかったんだよ」

エリスはセイレンに訴えた。二人はルナリアの涙を保存しようと考えたこと。自分たちの力で花を守ろうとしたこと。


「だから、私は呪詛で花を凍らせようとしたんだ。カイルも魔術で花を固めようとしたんだ」

カイルはエリスの言葉を受けて説明した。二人は互いの力を合わせたこと。しかし、力が暴走してしまい、森全体が氷で覆われてしまったこと。


「それが私たちの間違いだったんだね……」

エリスはカイルの手を握りしめた。二人は後悔と悲しみに満ちた表情をした。



「エリスはどうしてルナリアの森に来たの?」

アリシアがエリスに聞いた。


「ええと、私はずっと魔界で暮らしていたんだけど、人族の世界について知りたくて。本とかで読んだりするのもいいけど、やっぱり自分の目で見たり触ったりしたかったの。だから、国境に近いルナリアの森に来てみたの。ここは月の光がとってもきれいだし」

エリスは目を輝かせて答えた。彼女はルナリアの森でカイルと出会ってから、毎晩ここに来ては彼と遊んでいた。カイルは人族の少年で、魔術力が高く、エリスに人族の世界の色々なことを教えてくれた。エリスはカイルのことが好きだった。


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、人族の世界はどう思った?」

アリシアは興味深そうにエリスに尋ねた。


「うーん、人族の世界はすごく不思議だったよ。色々なものがあって、楽しいことも怖いこともあって。でも、一番不思議だったのは、人族って魔族と似てるってことかな。感情があって、考えることがあって、笑ったり泣いたりするんだもん」

エリスは真剣な表情でアリシアに語った。


「そうか。それは良かったね」

アリシアは微笑んでエリスに言った。



「でもね、エリス、本当は魔族は人族の地に入ってはいけないんだ」

セイレンがエリスに言う。


「えっ? なんで?」

エリスは不思議そうにセイレンを見上げた。


「争いが終わったとはいえ、まだ互いの間には不信や恐怖が残っている。人族の中にも魔族を憎む人がいるし、魔族の中にも人族を憎む人がいる。もし魔族が人族の地に自由に入ってしまったら、新たな問題が起こるかもしれないんだ」


「そんなのおかしいよ。人族と魔族は仲良くできるはずだよ。私とカイルだって仲良くできたじゃない」

エリスはカイルの手を握りしめながら言った。


「君たちは特別なんだ。君たちは人族と魔族の力を合わせて、呪魔法を使えるほど通じ合っている。でも、それは危険なことでもあるんだ。その力はルナリアの森を氷で覆ってしまうほど……」

セイレンの言葉にエリスは縮こまり、今にも泣きそうな顔になった。



その時、アリシアがエリスをやさしく抱きしめ、話した。

「エリス、あなたは本当に素直で優しい子ね。人族と魔族が仲良くできる日が来ることを、私たちも願っている。でも、それは時間がかかることなの。今はまだ、人族と魔族が会うことは難しいことなの」


「でも、なんで? 私たちはただ仲良くしようとしただけ。大好きなルナリアの森を凍らせてしまおうなんて、一回も思ったことはないのに」

エリスはアリシアの胸に顔を埋めながら、涙声で訴えた。


「そうね。あなたたちは悪くないわ。でも、あなたたちが呪魔法を使ったことは、人族にも魔族にも大きな衝撃を与えたかもしれないの。その力を使って、また人族と魔族が争いを始めてしまうかもしれないの」

アリシアはエリスの髪を撫でながら、優しく説明した。


「でも、それっておかしいよ。人族と魔族は同じように生きてるんだよ。同じように笑って泣いて喜んで悲しんでるんだよ。私とカイルだってそうだったじゃない」

エリスはカイルの方を見て、微笑んだ。


カイルもエリスに微笑み返し、彼女の手を握り締めた。

「エリス、君は本当に素敵な子だよ。君の言うことは正しいよ。人族と魔族は同じように生きてるんだ。僕も君と仲良くできて嬉しかったよ。でも、セイレンさんもアリシアさんも言ってる通りだよ。今はまだ、人族と魔族が会うことは難しいんだ」

カイルはエリスに真剣な表情で言った後、セイレンの方を真っすぐに見た。

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