「これも呪魔法の一種よ。あなたと心を通わせる方法よ」

エデンヤードの建設は困難を極めた。


アヴァロン王国では、人族の領土を魔族に譲ることに反対する貴族や農民が多かった。彼らはセイレンに対して、魔族との協力は裏切りだと非難した。また、呪魔法の危険性を理由に、その使用を制限する法案を提出しようとした。セイレンは、魔族との和平と呪魔法の研究が必要だと説得しようとしたが、なかなか納得させることができなかった。


イシュタラ帝国では、魔族の領土を人族に開放することに不満を持つ魔物や兵士が多かった。彼らはアリシアに対して、人族との協力は屈辱だと抗議した。また、呪魔法の使用を自由にすることを要求した。アリシアは、人族との共存と呪魔法の規制が必要だと命令しようとしたが、なかなか従わせることができなかった。


エデンヤードでは、人族と魔族が共同で住むことになった者たちが集まった。彼らはセイレンとアリシアの意志を尊重し、互いに協力しようと努めた。しかし、文化や習慣の違いから生じる摩擦や誤解も少なくなかった。彼らは呪魔法の使い方や管理方法を学びながら、新しい共生の形を模索していた。


こうして、エデンヤードは平和への道を歩み始めたが、その先に待ち受ける試練もまた大きなものであった。




「アリシア、これはどういうことだ?」

セイレンはエデンヤードの広場に集まった魔族たちの姿を見て、驚いた声を上げた。彼らは皆、呪詛力を高めるための訓練をしていた。空には暗い雲が立ち込め、地面には亀裂が走っていた。


「どういうことって、見ての通りよ。魔族たちは呪詛力を磨く必要がある。それが魔族の誇りだから」

アリシアはセイレンの隣に立ち、得意げに笑った。


「でも、それは危険じゃないか? 呪詛力は人間界にも魔界にも悪影響を及ぼすんだ。それに、魔族たちは本当に訓練したいのか? 無理やりやらせているんじゃないのか?」

セイレンはアリシアに問いかけた。


「無理やりなんて言わないで。魔族たちは私に従っている。私が言えば何でもする。それが魔族のやり方だから」

アリシアはセイレンに不満そうに言った。


「そんなやり方で本当に良いのか? 魔族たちの気持ちを考えてみたことはないのか?」


「気持ち? そんなものはどうでも良いのよ。私が決めればそれで良いの」

アリシアはセイレンにそっけなく言った。


「そうか……」

セイレンはアリシアの言葉に落胆したが、それ以上言うことができなかった。



呪詛力の訓練の中、突然、空から雷が落ちてきた。それは魔族たちの呪詛力が暴走した結果だった。雷はセイレンの目の前に落ち、彼を吹き飛ばした。


「セイレン!」

アリシアはセイレンの名前を叫んだ。アリシアはセイレンのもとに駆け寄った。彼は意識を失って、地面に倒れていた。彼の体は煙を上げていた。

「セイレン、セイレン、大丈夫? 返事をして!」

アリシアはセイレンの頬を叩いたが、彼は反応しなかった。彼の呼吸は乱れていた。


「くそっ、どうしよう……」

アリシアは焦っていた。彼女は呪詛力でセイレンの傷を癒そうとした。


「魔王様、どうかおやめください!」

一人の魔族がアリシアに言った。


「なんだ、お前は?」

アリシアは魔族を睨んだ。


「私は医者です。呪詛力で人族を癒すことはできません。むしろ、傷口を悪化させることになります」

魔族はアリシアに説明した。


「そうなのか……」

アリシアは呆然とした。


「人族の医者に診てもらうしかありません。エデンヤードには人族の医者もいますが、今すぐに来ることができるかどうか……」

魔族は言葉を濁した。


「早く連れてきて!」

アリシアは魔族に命令した。


「は、はい!」

魔族は急いで人族の医者を探しに行った。



「セイレン……」

ベットに横たわるセイレンにアリシアが話す。セイレンは人族の医者の治療で一命をとりとめ、今は静かな寝息をたてている。

「ごめんなさい……私のせいで、あなたはこんな目に……」

アリシアは涙ぐんだ。彼女はセイレンの手を握った。彼の手は冷たくて、力がなかった。


「私はあなたに危険をもたらした。私はあなたのパートナーとして、失格だ……」

アリシアは自分を責めた。

「セイレン、お願い。目を開けて。私に話しかけて。私に怒ってくれてもいい。私に嫌いだと言ってくれてもいい。でも、私に生きていることを教えて……」

アリシアはセイレンに懇願した。


すると、セイレンのまぶたがぴくりと動いた。彼はゆっくりと目を開けた。彼の目は青くて、深くて、美しかった。

「アリシア……?」

セイレンはぼんやりとした声で呼んだ。


「セイレン!」

アリシアは驚いて叫んだ。

「あなた、目が覚めたの?!」


「うん……」

セイレンは首をかしげた。

「どうした? 泣いているのか?」


「え? あ、あれ? 私、泣いてる?」

アリシアは自分の頬に手を当てた。確かに、涙が流れていた。

「そ、そんなことない! 私は泣かない!」

彼女はセイレンの手を離した。

「ごめんなさい! 今すぐ出ていくから!」

彼女はそう言って立ち上がった。


「え? 待ってくれ! どこに行く?」

セイレンはアリシアを引き止めようとしたが、間に合わなかった。

「……」

セイレンは呆然としたままベットにとり残された。




魔術による治療のおかげでセイレンは数日で回復した。エデンヤードの館の自室から久しぶりに外に出たセイレンは、中庭にたたずんでいるアリシアを見つけた。


アリシアはセイレンに気づいて振り返った。

「歩けるようになったのね……」


「ああ、ありがとう。君のおかげだよ」

セイレンはアリシアに笑顔を見せた。


「私のおかげじゃないわ。私はあなたを傷つけた」

アリシアは顔を背けた。


「そんなことない。君は私を守るためにできる限りのことをしてくれた」

セイレンは言葉をつぶやいた。彼はアリシアの手を取った。

「君がいてくれて、本当によかった」


「セイレン……」

アリシアはセイレンの瞳に見入った。

「でも、私は魔族よ。あなたは人族。私たちは本質的に違う種族で、本来敵同士なの。私たちが近くにいれば、またこんなことが起きるに違いないわ」

アリシアは弱音を吐いた。


「そんなことない。私たちは敵じゃない。呪魔法で結ばれた仲間だ。エデンヤードで共に暮らす仲間だ」

セイレンはアリシアに言った。


彼はアリシアの顔に手を当てた。

「君は私の大切なパートナーだ。君を失いたくない。私たちは一緒にいるべきだ」


「私もあなたがいなくなったら寂しい」

アリシアはセイレンの胸に抱きついた。

「でも、私たちが一緒にいることで、人族と魔族の関係が悪化したりしないかしら? エデンヤードはまだ不安定だし、私たちの存在が問題になるかもしれないわ」


「心配しなくていい。私たちはエデンヤードの共同領主だ。私たちが一緒にいることで、人族と魔族の和平の象徴になるんだ。私たちはエデンヤードを守るために力を合わせるんだ」

セイレンはアリシアに誓った。


「本当かしら……?」

アリシアはセイレンの顔を見上げた。


「本当だよ。信じてくれ」

セイレンはアリシアの頬にそっとキスした。


「うぅ……」

アリシアは顔を赤くした。

「あなた、またからかってるでしょう?」


「からかってなんかないよ。これも呪魔法の一種だよ。君と心を通わせる方法だよ」

セイレンは笑った。


「ふん、そういうことなら……」

アリシアはセイレンの首筋に噛みついた。


「うわっ……」

セイレンは声を上げた。


「これも呪魔法の一種よ。あなたと心を通わせる方法よ」

アリシアは意地悪く言った。

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