1-2ここが私の生きる場所


「うーん、これってあの最新作の『マジカリングワールド』だよね?」



 お兄ちゃんが星になったのでゲーム機とゲームをあたしの部屋に持ち込む。

 そして箱を開け、新しいヘッドギアをしげしげと眺めている。


 最新型のフルダイブ式ゲーム機。


 噂では五感すべてがゲームの世界に入り込む事が出来、その画期的なシステムは今や世界中で大人気になっているとか。

 前のヘッドギアで目の前に仮想世界が映し出されるMMORPGとは根本的に違うらしい。



「何でお兄ちゃんが…… ま、いっかやってみよう」


 あたしは久しぶりに何かに取り組むと言うこの状況にややも興奮していた。

 だからだろうか、何時もは読む事の無い取扱説明書をちゃんと読む。


「なになに? 本ゲーム機は今までのゲーム機と違いコントローラーを必要としません。使用前に周りの安全を確認してゆったりと出来るスペースに本ゲーム機をかぶり横になってください」


 説明書を読みながらふむふむと相槌を打ちながら読み進める。

 そしてある程度読み終わる頃最後に大きな文字で注意事項がいくつか書かれていた。


 特に要注意は、空腹時やお手洗いに行きたい時には絶対にこのゲーム機を使用しないことがうたわれていた。

 なんでだろうと思ってスマホでヤフってググると、空腹時にやって面白くてログアウトしないと機械が血糖値や脈拍、心拍数の異常を捕らえてゲームの途中でも強制終了モードに入り、セーブしていなければそれまでの経験値やアイテムは無効になってしまうらしい。

 

 そしてもう一つは女の子としては絶対に無視できない問題もあった。



「うっわぁ~、我慢できなくてベッドの上で漏らしちゃったって…… これはいくらあたしでも引くわぁ~」



 そう、お手洗いにしっかり行ってないとゲームの世界ではそれがわかっていてもすぐすぐにログアウトできずにこっちの本体がとんでもない事に遭遇してしまう事例があったそうな。

 それでも強者は成人用のあれを着用してゲームを続けると言うアクロバットなプレイをしている人もいるらしいけど。


「さてと、ネットへの接続も出来たし電源アダプターも付けた、後はこれをかぶってベッドに横になればいいのか。でも本当にゲームの世界に行けるのかなぁ?」


 周りの安全確認をして、トイレに行って水分と栄養補給の秘蔵のゼリーを食べてからベッドの上で半信半疑であたしはそのヘッドギアをかぶり電源を入れる。

 そしてスタートボタンを押して横なる。


「へぇ、最初は目の前の画面表示なんだ」


 横になって目の前を見ていると内部にあるモニターが表示されてメーカーロゴが出る。

 そして耳元の小さなスピーカーから心地良い音楽が流れ出して目の前の画面に注意事項とかが表示される。

 それが終わったらゲームのロゴ画面になり、いきなり幾何学的な模様が目の前に現れた。



「うわっ、なんじゃこりゃ?」



 ちょっと驚いたけど、それを見ていたらだんだん眠くなってきていつの間にやらあたしの意識は深い眠りの闇に落ちて行ったのだった。



 * * *



「あ、あれ?」



 目が覚めた。

 と言うか、いきなり目の前が開けた感じ。

 あたしは見知らぬ村の中に立っていた。


「え、ええとぉ、ここは?」


 そう疑問に思った途端に目の前に向こう側が少し透けるくらいのウィンドウが開かれた。

 驚きその宙に浮くウィンドウを触ろうとするけど、実体がないのかスカスカで触れない。

 

 仕方なしにその内容を読んで行くと、この世界の基本情報が書かれていた。

 しかもご丁寧に音声付きで頭の中に直接響いてくるような感じだった。


「うーん、どうやら本当にゲームの世界に入り込んだみたいね…… なんか新鮮」


 一通りチュートリアルを聞かされてから改めて周りを見る。


 そこは中世ヨーロッパよろしく、なんか全体的に角の無い丸っこい建物がたくさんあり、そこを住民らしき背の低いキノコに手足の生えた人たちがちょこちょこと歩いていた。


「あれってこの世界のNPCかな?」


 あたしがそう疑問を持つと頭の中で声が聞こえる。

 

 ―― そうです、あれはこの始まりの村の住人マッシュ族です ――

  

 あー、やっぱり。

 って言うか、ナビさんこんな事にもちゃんと答えてくれんるんだ!


 ―― 何かお困り事がありましたら遠慮なくご相談ください。それではマジカリングワールドをお楽しみください ――


 そう言って頭の中の声は消えた。

 うーん、便利設計。

 そう言えば説明書には何か有ったらナビに聞いてくださいって書いてあったっけ。


 そうするとここは始まりの村、前作のマジカリングワールドと同じ場所からの出発かぁ……


「となると、まずは経験値とお金を集めて装備を強くしなきゃだね……」


 そう思い動き出してみると実際の身体を動かしているのと全く変わらない。

 これは面白い。

 しゃがんでみたり歩いてみたり飛び跳ねてみるけど、現実世界と全く同じ感覚だった。


「これ、凄いな。本当にこっちの世界に体ごと来たみたい。あ、そうだキャラメイキング!」


 あたしがそう思うと目の前にまたウィンドウが開く。

 そして今のあたしがそこに映し出されている。


 ……ちゃんと服は着ているよ?


 まるでどこかの村娘みたいな格好だけど。

 ウィンドウに表示されるそれは種族から始まり性別、顔の形や目、髪、肌の色、そして体形や年齢設定まで出来る。


「うーん確か、性別を変えるとその感覚でいけない事したくなっちゃうとかネットであったなあ。そう言うのはパスでっと」


 とりあえず人族で女を設定する。

 すると基本ステータスが出て来るのでその内容を読み取る。


「えーとHPやMPなんかは成長するから良いとして、問題は初期のステータスだよね? 確かボーナスポイントで振り分けが出来るはずだけど……」


 このマジカリングワールドは初期設定では種族差はあるけど、基本だれもが同じステータスになっているらしい。

 だから現実世界の自分がたとえ鍛え抜かれたマッチョな肉体でもこっちではだれでも同じステータスなので異様に力が強いとか俊敏だとかは無い。

  

 試しに速さに極振りしてみる。


「えっと動きが速くなるわけだから…… おわっ!」


 試しに全力で走ってみると現実世界の自分ではありえない速度で走れた。


「たんま、たんまっ!」


 そう言いながらあたしは急ブレーキをかける。


「はぁはぁ、あんなに早く動けるなんて自転車でも味わった事無いよ。あっぶなぁ~」


 まだ確定でないのでステータスにボーナスポイントを振る画面があたしに付きまとっている。

 やはりなれない極振りは危険だろう。


「となると、制御できる感じで割り振りしなきゃだね。それとそれに合った体格とか、外見にしないと……」


 とか言いながらここだけは標準より大きくする。

 そりゃぁ現実のあたしは揺れないよ?

 でもここではせめて標準よりは大きくしたい。

 勿論大きくし過ぎるとブルンブルン揺れて邪魔になるから程々でね。


 それと、このゲームネット上でリンクされているから確か誰かとパーティーも組めるはず。

 勿論ソロでも遊べるけど、ゲームの世界に来てまで誰かに気を使うのは嫌だ。

 

 だとするとソロでも動き回れるようにキャラメイキングをしなきゃね。


 あたしはソロでの活動を念頭にキャラの外観とスキルポイントの振り分けをして見る。

 身長は本来にあたしより大きく、体は大人よりにして大体二十歳くらいにする。

 おかげで現実世界のあたしに比べかなりグラマラスな身体になった。


 顔は……

 この際お姉さん系の美人にしよう!

 現実世界の私が大人になったらこうなるのが良いと願掛けしながら!


 んでもって、髪の毛の色は……

 金髪はベタだし、ピンクじゃ少女キャラだもんね。

 ここは清楚系であまり目立たない水色っぽくして見ようか?

 髪の毛は勿論ロングで!


 って、なんでこの髪型にするとアホ毛が標準で付いてくるのよ?

 なんか頭頂部からびろ~んってアホ毛が前髪の方へ伸びている。


 まあいいか。


 んで顔つきは少し切れ長の瞳のお姉さま系!

 いいじゃん、この人を見下すような顔。

 これでレベル上げて行けばハイヒールで魔物とかふんづけて高笑いが似合いそう♪


 さてと、職業だけど……



「あれ? 外観が職業の制限に関わる?」



 画面を見ていたらいつの間にか選択できる職業が減っていた。

 この外観だと守り優先の「タンク」職には付けないのか?


「もしかして筋力ステータスの割り振りのせいかな??」


 ―― 職業は外観とステータスポイントによって出来ないものがあります。外観とステータスポイントの変更をしますか? ――


 またナビさんの声が頭の中に響く。

 やっぱり外観とステータスが関係してたんだ。


「う~ん、このキャラ気に入ったしそうするとこのキャラで出来る職業を選ぶしか無いか…… 途中でジョブチェンジってできるの?」


 ―― 選択した職業の上位職でしたら可能です。但し選択した職業によっては上位職が同じになる事がありますので注意してください ――


 ふむふむ、上位職が同じのがあるんだ。

 そうすると系統図か何か有るのかな?


「職業系統図とかってあるの?」


 ―― あります。表示しますか? ――


「うん、お願い」



 あたしがそう言うと目の前の画面の他に別の画面が開かれて系統図が出て来る。

 何が上位職で何がそうでないかはこれを見れば一目瞭然だった。

 と、ある事に気付く。


「このやり直しシステムって何?」


 ―― 上位職取得後元の職業に戻せるシステムです ――


「ふーん、つまり合わなければ元職業に戻れるってことかぁ~。複数職業を取得ってできるの?」


 ―― 制限はありますが可能です ――


「じゃあさ、選択した職業から上位にジョブチェンジして、それからやり直しシステム使って他の職業になるのってあり?」


 ―― しょ、少々お待ちください…… ――


 ナビさん、何故そこで言いよどむ?

 まさかそんなこと考えている人いなかったってこと?


 ―― シ、システム的には可能なようですが前例がありません ――


「ふーん出来るんだ。じゃあ後で試してみようか? とにかくまずはこのキャラクターでレベル上げね!!」



 あたしはそう言って次々と装備を固めて以前やったこの「始まりの村」周辺でせっせとレベル上げを始めるのだった。 




 ◇ ◇ ◇



「よしっと、これでジョブチェン出来るレベルまで来た!」


 ―― 始まりの村近辺でここまでレベル上げる人は初めてです。既定のジョブチェンジレベル50に達しました。現職の戦士からジョブチェンジをしますか? ――


 現在のあたしはオーソドックスな戦士を選択していた。

 ソロでこの近辺のモンスターをビシバシ倒していってレベルもお金もたくさんたまった。


 本来ならレベル5~6にもなればここから離れるのだけど、この世界の感覚になれる為にわざとこの村の近くで延々とレベル上げをしていた。

 現実世界で言うと多分七時間くらい使ったかな?


 途中何度かログアウトしてトイレとか補給とかしっかりしているから今のところ問題無い。

 お兄ちゃんもまだ戻って来ていない様だし、あたしがゲーム機使っているのを無理矢理止めて引っぺがす事は出来ない。


 もしそんなことしたら襲われたと言って家族会議につるし上げてやる。


 あたしがそんな事を考えていたらナビが上級職への進化選択の表を開く。

 その表を見ながら戦士から上級職である「騎士」か「剣士」の選択が出来る事となる。


 うーん、とりあえず「剣士」を選択すると……


 ―― ジョブチェンジを開始します。戦士から剣士へジョブチェンジをします ――



 きんっ! 



 ナビさんの声が頭の中で響き、体が動かなくなる。


 

 ぶんっ!

 きゅ~ぅ……


 パーンッ!!



 そして足元に魔法陣が現れ体が光ったと思うとその光は破裂するように消えてそこには剣士姿のあたしがいた。



「ほほう~、これが剣士ね? どれどれステータスはっと……」


 ウィンドーを開いてステータスのチェックをすると色々と変わっていた。

 ざっくばらんに言うと攻撃力重視で防御力が低い。

 もっとも俊敏性が上がっているから「当たらなければどうと言うこ事はない!」とか一緒にゲームをやっていたお兄ちゃんがよく言うセリフそのままだ。


「でっと、『やり直しシステム』で剣士からその下の『鍛冶師』っと」


 もともとあたしのステータスではその職業が選択できなかった。

 でも「やり直しシステム」を使ってみると、あっさりと「鍛冶師」にジョブチェンジで来た。


 ―― 職業「鍛冶師」にやり戻しシステムでジョブチェンジしました ――

  

 今度は同じく足元に魔法陣が出るけど、頭の上から下へと光の輪っかが出て下がっていくと鍛冶師の姿になっていた。

 

「ふむふむ、これで鍛冶師のスキルも手に入れたっと。じゃもう一回剣士になってから戦士に戻って、それから騎士ね!!」


 あたしのその注文にいちいち確認を取りながらナビさんはジョブチェンジを繰り返してくれるのだった。



 * * * * *



「ふう、まあこんな所かな?」


 今のあたしの姿は騎士なんだけど、各職業のスキルも保有しているのでかなり変なステータスになっている。


 「戦士」の基本的な肉体能力。

 「剣士」の俊敏さと一撃必殺の攻撃力。

 「鍛冶師」の武器ダメージの修復や鎧、盾等々の修復スキル。

 そして「騎士」のトータルバランスの底上げされた状態。


 あ、途中で何故か「忍者」とか「暗殺者」なんてのもなれて、暗殺者って毒の調合が出来るから「やり直しシステム」で「薬剤師」なんかも手に入れている。


 おかげで回復薬とかその辺の薬草で作れるし、麻痺や状態異常の薬も作れる。

 なんだかんだ言って始まりの村でアイテム買う必要が無くなっちゃった♪



「お金もだいぶたまったし、そろそろ他のフィールドに行こうかな~」


 ―― 既にかなりの上級者になっています。クエストを受けるには冒険者ギルドで登録をする必要があります ――


 ナビさんにそう言われハタと思い出す。

 あまりにレベル上げとジョブいじりとステータス上げ、スキル獲得に没頭していたのですっかり忘れていた。




 あたしは慌てて始まりの村で冒険者登録をしに行くのだった。


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