砂漠の賢者外伝2 草色神官の秘話

みかみ

第一章 私は草色神官の子を身ごもった

第1話 葬儀に現れた美女

 この日、先の魔物戦で死亡した神官二人の葬儀が行われた。

 

 フイの宣言した通り、故人の意向は全く無視された形で、葬列は首長のそれのように、盛大に行われた。

 プタハ大神殿の神官達は葬列の中で、彼らが死後の世界で必要とする食物や日用品を並べた円卓を掲げ、また、香をくゆらせたり聖水を撒いて、辺りを清めた。大勢の泣き女(葬儀で泣くのが仕事の女性達)と踊り子達も、葬列をドラマティックに演出した。


 運ばれている逗子の中のイエンウィアは、この華やかな葬儀にさぞかし閉口しているだろう。葬列に参加したカエムワセト達は、そう思いながら、墓場までの道を歩いた。


 無事、納棺と『口あけの儀式』と終えて、プタハ大神殿では、葬送の宴が開かれていた。それは通常の宴と何ら変わりなく、賑やかなものである。


 イエンウィアに家族はなかったので、会場を占めているのは同僚の神官達と、カエムワセトをはじめとした客人達。そして、もう一人の神官パバサの家族と親せきが数名である。

 

 故人を偲ぶ宴が粛々と進む中、フイの前に一人の若い女が現れた。

 薄く緑がかった大きな目と、ふっくらとした唇が魅力的なその人は、フイに深く礼をすると


「故人様の来世での幸福を心よりお祈り申し上げます」


 と挨拶した。


 見覚えのないその女性に、フイは「はて」と首を傾げる。


「すまんが、どちら様じゃったかの?」


「失礼いたしました。書記官マヤの娘、レクミラと申します」


 礼からなおったレクミラは、簡単に自己紹介をすると、人懐こい笑みを見せた。

 歳のころは、カエムワセトより少し上。二十歳くらいだろうか。


「ほお、マヤの娘か。男名とは珍しいの」


 レクミラ、とは普通は男児につける名前だった。テーベにある宰相の墓にも、この名が記されている。


「恥ずかしながら、父の拘りでして」


 男児を欲しがっていた父から男名をもらった可愛らしい女性は、はにかんで答えた。


 ふと、フイがレクミラの腹に目をやる。

 その混濁した目でどれほど見えるのかは定かではないが、フイはかすかに膨らんだレクミラの下腹を見逃さなかった。


「腹に子がいるのか」


 「ええ」とレクミラは下腹に手を当て、花のように微笑む。そして彼女は、笑顔を微塵も崩す事無く続けた。


「イエンウィアの子ですわ」


 途端、アーデスとジェトが、飲み物を盛大に吹き出し、カエムワセトが手に持っていたカップをボトリと落とす。

 その他の面々も、実害は出さなかったが、各々が爆弾発言を聞いた時の格好のまま硬直していた。

 いち早く硬直から脱したフイがレクミラに問う。


「失礼だが、間違いはないのか?」


 フイの不躾な問いかけに、レクミラは気分を害した様子もなく「勿論です」と頷いた。


 会場中で、ため息が漏れる。

 まさかあいつが、という驚きと、レクミラの肯定による安堵のものである。ごく一部だったが、悔しげな舌うちも聞こえた。


「あやつに恋人がおったとは、知らなんだ……」


 茫然と呟いたフイ最高司祭の言葉を聞いたレクミラは、きょとんとする。


「あら。私達、お友達止まりですわ」


 今度はカエムワセトが派手にむせた。

 カカルが慌てて布巾を渡す。


 そんなに意外だったかしら? と、レクミラは動揺のあまり珍行動プレーを繰り返す周囲を見渡して首を傾げた。

 そして、遠慮も忘れて釣り目を大きく広げて凝視してくるライラにふと目をやったレクミラは、「あの方が恋人など作るはずがないでしょう?」と艶やかに微笑んだ。


「だよな。あいつはライラが――あだっ!」


 うっかり口を滑らせそうになったアーデスの足を、決定的な単語が出る前に、ジェトが慌てて踏んづけて止めさせる。

 痛い妙技ファインプレーだ。


「私が何よ?」


 ニブチン代表と言っても過言ではないライラが、アーデスに顔を向ける。

 アーデスは「なんでもねえ」と踏まれた足をさすりながら言った。


「お大事に」


 レクミラは行儀的に声をかけ、自分を囲む面々に向き直る。


「私はあの方が好きでしたが、友人以上の愛はもらえない事は承知していました。だから、お嫁に行く前に押し倒したのです」


 うっかりその場面を想像してしまったライラが顔を真っ赤にして、カエムワセトに渡す予定だった料理の入った皿をまとめて落とした。

 切り分けられた鳩の肉とモロヘイヤのスープが、派手に床に散らばる。


「まあ、皆さん賑やかね」


 自分が発言するたびに、しっちゃかめっちゃかになってゆく会場の床をのんびりと眺めながら、楽しげに笑うレクミラに、ジェトは笑顔を引きつらせた。


「誰のせいだと……」


「アニキ、妊婦さんすよ。抑えるっス」


 苦情を口にしかけたジェトの袖を、カカルが引っ張ってやめさせた。


「まあ結局、嫁入り直後に妊娠がばれてしまい、早々に離縁されてしまいましたけれど」


「「「「「「「……はあ」」」」」」」」


 一同、異口同音で相槌をうった。

 もう、それ以外の言葉が出てこない。

 レクミラは周りの反応を気にすることなく、話を続ける。相当根性が据わっているようだ。


「でもこれでよかったのです。好きな人の子供を身ごもれ、好きな人の子として、この子と生きてゆけるのですもの」


 そう言って彼女はまた、愛おしそうに腹を撫でた。

 さらっと聞き流せば、想い人の忘れ形見を大切にする女性の感動的な言葉である。だが、ジェトとカカルは不幸にも彼女の言葉端に存在する黒い思惑に気付いてしまった。


「好きな人の子として……って……え? あんた……まさか……」


「あわよくば、結婚相手との子供にしようって魂胆だった、って事スか?」


「悪阻が早すぎたのよ。それさえなければ上手くいったのかもしれないわ」


 隠すつもりもなかった自分の企みを指摘され、レクミラはコロコロと笑った。可憐な女性の仮面を被ったとんだ女狐ぶりに、ジェトは慄いて一歩後ろにさがる。


「あ、悪女だ」


 その評価に、「あら心外」とレクミラは頬を膨らませる。


「イエンウィアからは生前、何度も『図太い』と言われましたけれど、悪女と言われた事はないわね」


 ライラがもじもじとしながら、両手を胸の前で握って一歩前に出る。


「もしよかったら、その……。聞かせてもらえないでしょうか。イエンウィアとの慣れ初めなんかを」

 

 その瞬間、そこに居る全員が『嘘だろ!?』といった表情で、信じられない頼み事をしたライラを見やった。

 故人を偲ぶ場で、故人のかつての恋話を聞くのは理にかなっている。しかし、全員が全員、今はイエンウィアの秘話を聞くよりも、もうこれ以上望まぬ珍プレーで床や衣服を汚すのは御免こうむりたいという気持ちの方が勝っていた。

 ジェトなどは堂々と両手で×印を作り、ライラに前言の撤回をアピールする始末だ。

 だがレクミラの「話してよろしいの?」という嬉しそうな一声で、一気に諦めの空気が流れる。


「はい、どうぞ」


 そこに居る全員を代表して、アーデスが促した。

 絨毯に腰かけてもいいのだが、カエムワセトは妊婦の身体を気遣って椅子を差し出した。

 レクミラは紳士的な対応をした青年に「ありがとう」と笑顔を贈ると、ドレスの裾を慣れた手つきで広げてふわりと椅子に腰をかけた。

 続いて、レクミラはその長いまつ毛が飾る大きな目を閉じ、当時を思い出すように一度大きく深呼吸する。その顔には、幸せそうな微笑みがあった。

 

 そして、目を開けた彼女はゆっくりと語り始める。

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