第12話 『リモコン』『青い鳥』『峠』

 「……青い鳥が見たい。幸せを運んでくれる青い鳥さえあたしの所に来てくれたら、この病気だってきっと治るわ」

 病気の娘は毎日のようにそう呟き、病院のベッドの上から空を見上げていた。

 そんな娘を見て母親は途方に暮れていた。生まれつき病弱で、短い人生の大半を病院のベッドで過ごしてきた娘。その娘が青い鳥を望むなら連れてきてあげたい。そうすることで元気づけてあげたい。でも、お話にあるような青い鳥なんて現実には……。

 「大丈夫」

 母親の肩に手を置き、優しくそう声をかけたのは友人の男だった。

 「おれが必ず、青い鳥を連れてくるよ。親友だったあいつのかわりにね……」

 妻子を残して事故で逝ってしまったあいつのかわりに……。


 それから幾ばくかの時が立った。

 娘の容態は悪くなる一方だった。

 「今夜あたりが峠でしょうな」

 「そんな⁉ なんとか助けてください、先生、お願いします! わたしにできることならなんでもします!」

 「お母さん。私は医者です。頼まれるまでもなく病人を治すのが仕事です。ですが、娘さん本人に生きる気力が無い。無理もない。生まれて大半を病院のベッドで過ごしてきたのです。これからもこんな人生がつづくのかと思えば絶望し、生きる気をなくしてしまうのもわかります。なんとか、生きる気力を取り戻すことが出来れば……」

 医師が深刻な表情で言った、そのときだ。

 「ママ、ママ、来て! あれを見て!」

 病室から娘の声がした。それはいままで聞いたことのないような溌剌はつらつとした声だった。

 母親と医師は病身に飛び込んだ。そこで見たものは――。

 病室の窓から空を指さし、大はしゃぎしている娘の姿だった。

 「見て、ママ! 青い鳥よ、幸せを運ぶ青い鳥が来てくれたのよ!」

 母親と医師は空を見た。そこには確かに――。

 一羽の青い鳥が舞っていた。


 「娘さんの容態は峠を越しました。もう大丈夫です」

 医師は笑顔でそう告げた。

 母親は歓喜の涙を流した。

 「ああ、ありがとうございます、先生! なんとお礼を申しあげていいか……」

 「いやいや、お礼ならかのに言ってあげてください。かのが娘さんに希望を与え、生きる力を与えてくれたからこそ治療の成果も出たのですからな」

 「ああ、そうだわ。あなたのおかげよ。あなたが娘の見たがっていた『幸せの青い鳥』を生み出して、ここまで連れてきてくれたから。さぞ、大変だったでしょうに……本当にありがとう!」

 友人の男は照れたような笑みを浮かべた。

 「いや、大したことはしてないよ。卵となる種を仕込んで、あとは成長するのをまってからリモコン操作でここまで来させただけだからね」

 「でも、娘のためにそこまでしてくれたのはあなただけよ。本当にありがとう。一生、感謝するわ」

 母親にギュッと両手を握られて感謝を捧げられ、男はほんの一瞬、さびしげな笑みを浮かべた。

 ――そうさ。大したことじゃない。君のためなんだから……。

 告白することも出来ずに親友と結婚してしまったかの。そのかののためならば……。

 男は、母親と娘の時間を邪魔しないため、病院の外に出た。空には男が生み出し、ここまで呼びよせた青い鳥が舞っている。

 「娘さんを元気づけるために、四〇億年以上の時をかけて青い鳥の卵となる青い惑星・地球を作り、ようやくここまで連れてきた。いつの間にやら表面いっぱいにウロチョロするゴミがついていたから、全部はらって宇宙に捨てなきゃ行けなかったけど……その手間を考えてもやり遂げた甲斐はあったな」

                 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る