第11話

約束の日の金曜日、地下鉄の車両の中で待ち合わせ場所の東京駅へと向かう途中に依那よなからメールが届き、少し遅れて向かうと返事がつづってあった。

折り返しスマートフォンで返信欄に彼女のいる日本橋駅に向かうと伝えると、了解ですと表示されたスタンプを添付して送ってきていた。


二十分後駅に着き、改札を抜けてエスカレーターで地上へ上がり、外に出ると帰り際の人の波が溢れるように歩いていた。ビル街が立ち並ぶ歩道を歩いていき、デパートの正面玄関口の前で待っていると十五分後に反対側の通りから依那の姿が見えた。

そのまま東京駅まで二人で歩いていき八重洲口の出入り口を通り大丸の地下へと下っていき、デリカテッセンで数種類の惣菜やワインを買ったのち、再び快速電車に乗り依那の自宅へと向かった。


「そんなに気に入りました?私の家……」

「いつも一人じゃ寂しいだろう?たまには外食より家で並んで食事を摂るのも悪くないしさ」


依那の自宅に着き早速台所を借りて惣菜類を皿に盛りつけていくと、僕の隣で彼女がバゲットを包丁で切る手つきが危うかったので代わりに切ってあげた。ローテーブルに並べて向かい合わせで座るとグラスにワインを注いでいき乾杯をして食事に手をつけていった。


「こうして家で食べるのってあまりないけど、誰かと一緒にいるのってやっぱり良いですね」

「実家には帰る事はないの?」

「一応年末年始とか有給が取れた時くらいしか帰らないですね」

「親御さん今の仕事やっているのはどう思っているの?」

「私が小さい時にデパートで働く人になりたいって言ったみたいなんです。それが本当に実現したから採用された時は喜んでいましたよ」

「願い続ければ夢は叶う、か……」

「浅利さんの夢って叶った事あります?」

「ずっとサッカーやっていたよ。でも、選手にはなろうとは思わなくてね。好きな事を続けているだけでも夢が叶ったような感じだったしさ、特別なりたいものがなかったよ」

「結婚って考えてはいたんですよね?」

「うん。凪悠と会うまで全く想像もつかなかったけど、一緒になれば居る分だけ助かっている所もある。家事とか分担してもそれなりにこなせるしさ」

「結婚は実現するまで遠い未来の事のように思えるな」

「彼氏いるんじゃないの?」

「いないですよ。急いで必要としていないし……」

「紹介してあげようか?」

「気を遣わなくてもいいですよ。本当に焦っていない」

「少しは焦った方がよくない?本当に結婚とかパートナーのいない生活が続くと、家族の人だって心配するしさ……」

「ごめん。その話しやめよう。ああそうだ、凪悠なゆさん私が選んであげたコスメ気に入ってます?」

「うん。結構頻繁に使っているみたい。相当気に入ったようだね」

「自分の奥さんが喜ぶことすると浅利さんも嬉しい?」

「そうだね。あいつ物欲に関心が薄い方だったんだけど、倉木さんが勧めてくれたおかげで服装もこだわるようになったよ」

「さすが私。人を見る目あるなぁ」

「自画自賛か。面白いよね倉木さんって」

「人を上げたりするのは得意な方なんだよね。良い方にその人の事を応援していきたい欲が強いというか」

「自分自身にも?」

「それは……ちょっと自信がないところもある」

「そんな風に見えないよね」

「どうも自分の事になるとおろそかになるんですよ。自分の抜け殻を忘れてしまうとか……」


そう言いだすと依那は飲んでいたワインのグラスをテーブルに置いて僕の肩越しの壁側を一点に見つめるように呆然とし始めた。


彼女は家族で一緒に住んでいた頃、自分以外の皆は競争心が強くいつも一番でいないと気が済まないたちでいるというらしい。そこに自分が距離を置かれて追い抜かれて遠のいた矢先に気がついた頃には独りぼっちになっていることが多かったようだ。

負けず嫌いなところはあってもなぜそこまでして他者と争わなければならないのか、そういった社会に身を置くのが怖くてたまらないという。ただその代わりに人と共有することや寄り添う事の信念を強く抱くようになり誰かの傍で支えられる自分でありたいと考えながら生きていたいという。


とにかく本来の己を忘れたくないのだと常に前を向いていたいと僕に向かって話してくれた。


「こうして浅利さんといるのも世話を焼きたいとかそういうのじゃなくて、なんて言ったらいいんだろう……」

「触れたいときは触れる。甘えたい時は甘えたい……とか?」

「そうかな。それも当たっているかもしれない」

「いいんだよ。僕に……甘えていいよ」

「それじゃあ凪悠さんのことは……」


その瞬間僕は手を伸ばして依那の手首を掴んだ。彼女を見つめるとまた鼓動が鳴り出して身体が疼きだそうとしている。


「二人でこうしている時だけ、余計な事を考えたくないんだ」

「男の人にそれほどまで甘えたいだなんて思えれない。けど、浅利さんの前では本音の、ありのままの自分でいたいんです……」

「それでいいよ。そうしている方が楽になれるなら僕も君と一緒にいたいしさ」


僕は彼女の隣に座り話を続けた。


「どちらかというと自分も器用じゃない。けれど、倉木さんには正直な自分でいたい。結局僕も孤独なんだよ」

「それを埋めてあげるのは自分自身ですよね。私はその橋渡しになれるかどうかは確実ではないですよ?」

「僕は甘えられて欲しくない存在?」

「そういう訳じゃないけど……」


僕は彼女を両腕で包むように抱きしめて、強がることをやめて欲しいというと彼女は僕の傍に居てその抱えている病んだ心を介抱したいと言い出した。


「こうして話せるの、君しかいないんだ」


僕は彼女にそう伝えると胸元に寄り添うように顔を埋めてきた。彼女の頬に手を当てて額にキスをすると少しだけ照れ笑いをし、唇に触れて重ね合わせると僕のうなじに手を添えてきた。

ベッドへ行き部屋の明かりを消して枕元のステンドランプをつけたままにしてお互いに衣服を脱いだ。

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