第3話
数週間後、仕事を終えてスマートフォンを開いてメールをチェックしていると、見慣れないアドレスが目に入ってきた。
中を開き、ご無沙汰してますという件名から本文へと目を通していくと文末に依那の名前が表示されてあった。電話番号も書かれてあったのでタップして折り返しかけてみると彼女が電話に出てくれた。
「このアドレス誰から聞いたの?」
「兄です。同窓会の時に途中で帰ったから、せめてでも出席させていただけたお礼を言いたかったんです。」
「そうか、わざわざありがとう。あの時色々ちょっかい入れられて嫌だったでしょ?」
「大丈夫です。私もあの時お酒も入っていたし、帰りたいタイミングだったんで、特に気にしていないです。」
「どうしてそれを僕に話しているの?」
「幹事だったでしょう?それに、色々話を聞いてくれたから……あの、良かったら今度一緒にご飯行きませんか?」
「僕と?」
「はい。兄から浅利さんの事事前にどんな人か聞いていたんです。付き合いやすいやつだから、声でもかけてみたらって言われて……」
「そうか。そうだな、来週の金曜の夜は空いてますか?」
「はい。十九時くらいに仕事が終わる予定ですがその後でもいいですか?」
「うん。それじゃあ、また近くなったら連絡するね」
「こちらこそありがとうございます」
電話を切った後に胸に余る気持ちが浸透していくのを身に覚える。それほど親しくもしていないし先日の同窓会で話したのが初回だったのに、なんだろうこの高揚感は。
僕は人付き合いもそれほど得意という訳でもなく友人と呼べる仲間も数えるくらいの人しかいない身分なのに、なぜだか先程の電話の依那との短い会話が心地よかった。
リビングへ行き凪悠が誰と話していたのか尋ねてきたので同期生の妹だと告げるとそうかと軽く受け流すように返答してきた。彼女も仕事が忙しいと頭の中が整理しにくいところもあるので普段の会話は極力控えめにしているのだ。
結婚して八年が経つが当初はどこか薄情な人だという印象の強い人間だと感じていたが、そういう特性のある人物なんだと割り切ると日が経つにつれてその振る舞いにはもう慣れてきていた。
僕が彼女と一緒になりたいと考えた理由の一つは子どもを欲していないという事だ。もし子どもがいる生活になるとどちらかが仕事を辞めなければならないというくらい余裕がないからと、周囲からは無責任とも思われるかもしれないが、これは僕ら夫婦の価値観でもあるのだ。
同期生の半数が子供のいる家庭が多いが彼らもそれぞれの家庭像もあるだろうしそれはそれで良しとしている。
翌週の金曜日になり、僕は少しだけ早く仕事を上がることができたので凪悠に出かけることを告げた後に依那と待ち合わせている新橋駅の近くの飲食店に出向いた。店に入ると先に彼女が来ていて、二人でビールともつ鍋を注文した。
「浅利さんに任せてよかった。気取った雰囲気のところって苦手で……」
「意外だね」
「顔に似合わないって言われるけど地はこっちの人間なんでね」
「仕事はどう?」
「今日は新作の商品が入ってきたので忙しかったです。結構お客さんの対応もしましたね。事前に新作が出るってDM出していたから余計慌ただしかった」
「今の仕事ってどのくらい働いているの?」
「二年です。先輩たちはそれより長いんでついていくの大変ですよ」
「ブランドコスメも売るのってある意味接戦だよね。倉木さんなら攻めて客足伸ばしていけるんじゃないの?」
「そんな簡単なものじゃないですよ。ホント毎日闘っていますし」
「なんか、楽しそうなだ」
「女ばかりなんでそこはキツいですけど、仕事は好き。負ける気がしない」
野心家なのか気の強いオーラを放つ。こういう女性も格好いいと惹かれるところもあり、自分にはない信念の塊という感じがする。異性も同性からも好感度の高い人柄を持っていそうだなと、ますます気になっていく僕が彼女と向かい合わせて居座っているのが好奇心をくすぐりそうだ。
「浅利さん在宅だと寂しくないですか?」
「合間に同僚に連絡を取ったりしているから、寂しくはない」
「直接人と会っていないとなんかうずうずする。私、黙っていられないタチだから、接客の方が相性いいかもなぁ」
外食はほとんど一人で行くことが多い分相手がいるといつもより酒が美味いというのが嬉しさを覚える。彼女のジョッキを片手にビールの進み具合が男らしさを感じてくるのがその人の内面にある面白さを滲ませる。
執筆をしているせいか、人や物事の些細なことも拾いながら分析するのが癖になっているので、今後彼女がどんな顔を僕に見せてくれるのかちょっとした楽しみがあると、良い仲間相手として付き合いたいと考えたりもしてみた。
「倉木さん」
「何ですか?」
「せっかくの機会だしよかったまた次回もこうして飲みたい。どうかな?」
「もしかして誘ってる?」
「下心という訳じゃない。会ってまだ二回目だけど、倉木さんの面白みが気に入った。……色々知りたくなった。どうだろう、僕とは付き合いづらいかな?」
「そんな事ないですよ。私が面白いか……あまり言われた事ないからなんかおかしい。でも、私もたまにこうして気晴らしになる事もしたいですし。そうだ、連絡先を交換しませんか?」
「いいよ。……これQRコードかざして……」
「奥さん以外の女の人とチャットとかやっても嫌がられない?」
「そういうのはあまり嫌気はしないよ。」
「良かった。私もメッセージ入れていくんで、浅利さんも遠慮なく送ってきてくださいね。」
それから店を出て身体にちょうど良い酒の酔いも巡る気分が浸るなか、駅までの道を二人で並んで歩いて行った。ふと彼女の横顔を見た時に何か過去を振り返っているような眼差しが気になったのでどうしたのかと声をかけると、その口から想像を駆られる言葉が発してきた。
「同窓会の時、みんなの前で私の事話していた人いたでしょう?」
「……ああ。あれはあいつが酔っていたからやっつけに言ったことだろう?」
「本当の話なんです」
「本当……?」
「……デリヘルやってたの、本当なんです」
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