第17話 幽霊部員を捕獲せよ その2

 放課後になるとシノブは足早に教室を出て階段を下りた。そのまま向かう先は下駄箱である。靴を履き替え、靴ひもを結び直していると不意に声を掛けられた。


「シノブくん。今日は部活行かないの?」

「うぉあ!?」


 シノブは後退り、声の主を探す。誰もいないがそれももう戸惑う理由にはならない。すでに声で誰かわかっていた。


「あ、有瀬さん。どうしたの?」


 有瀬香苗。シノブには見えない彼女だった。

 シノブは有瀬の姿が見えないことには慣れつつあったが、それでも至近距離から突然声がしたら驚いて当然だ。


「どうしたのじゃないよ! いつもみたいにシノブくんの後ろついてったら下駄箱なんだもん。アタシのほうがちんぷんかんぶんだって」

「あー……」


 シノブは納得とやらかしの混ざった声をあげる。


 そうだった。シノブは有瀬に部室の場所を教える際、後ろについてきなよと言ったことがある。結局、その後も一緒に部室に行くためついてくるのが気づけば恒例になっていたのだ。

 有瀬はおしゃべりなので大抵の場合はボロを出す前になんとかなるのだが、今日はどうやら急ぎ足のシノブに、有瀬は話しかけるのをためらったようだった。

 その優しさでいつの日か秘密が暴露されそうだ。シノブは苦笑しつつ、口を開く。


「ごめん有瀬さん。僕、今日は部室行かないよ」

「えー? 何か用事?」

「まぁ、ちょっとね。じゃあまた明日――」

「ね。もしよかったらアタシも一緒に行ってもいい?」

「え」


 早々に切り上げようとしていたシノブは有瀬の提案にびたりと動きを止めた。有瀬と二人きりかと少し嬉しいような気恥ずかしいようなと甘酸っぱい感じがしたのも束の間、それが何を意味するかを理解して戦慄する。

 見えない相手と二人きりだ。どう考えたって見えていないことがバレる予感しかしない。校内のように短時間ならともかく外となると勝手があまりにも違う。


「い、いやー。その……今日のところは僕一人でさ……」

「今日のところ? その口ぶりだと言っちゃ駄目ではないんだよね? ね、ね。いいじゃん。デートしようよ」

「デート!?」


 あまりにも縁のない単語にシノブはあんぐりと口を開けていた。その脳内は一つの単語に含まれる膨大なデータに熱を発している。


 デートとはあれか。あのデートか。

 いやしかしデートというのはカップルがするものではないのか。これは有瀬からのお付き合いのお誘いでは……いや、それはないだろう。

 となればカップルでなくともデートになるということか。男女二人ならデートというわけか。いや、まさか複数人で出かけることがデートになるならばそこらじゅうがデート中ということになるじゃないか。

 何ということだ。誰しもがリアルに充実しているカップルのいる、あのリア充というわけか。アレもリア充、これもリア充。馬鹿な。学校という檻の中ではリア充などほんの握りではなかったのか。いつの間にかリア充が多頭飼育崩壊している。

 駄目だ、吐き気がしてきた……。


 シノブがそんな馬鹿なことを考えているうちに有瀬はちゃっちゃと靴を履き替えている。そのまま有瀬はシノブの手を取った。


「ね。行こ? シノブくん」

「あ、ああ……って痛ぇ!?」


 されるがままに有瀬と行動をともにしようとしているシノブの背に突如、強い衝撃が走る。ぱぁんと乾いた音が鳴り、一瞬遅れてシノブはそれが張り手だと気づいた。まさか有瀬がそんなことをするはずもなく。

 そうなるとシノブに思い当たる相手は一人しかいなかった。


「私も行くわ! ノブ!」

「ヒ、カリ……何すんだこの……」


 シノブは痛みに悶えながら声を絞り出す。振り返ればやはり幼馴染の入江光が立っていた。思いっきり張り手をしたから自分も痛かったのだろう。ヒカリは右手をぷらぷらと振っていた。


「あれ? ヒカリちゃん。やっほー」

「……ヤッホー、カナエちゃん」


 有瀬の挨拶は山びこのように帰ってはくるもののなんだか棒読みでどこか敵対心を感じさせる。鈍いシノブでもコレが修羅場だと言うことくらいは察しがついた。

 何となく嫌な予感はしつつシノブはヒカリの発言が本気か確認する。


「ヒカリ。お前、ついてくる気なのか? というか部活はどうしたよ」

「今日はお休みなのよ。グランドの整備があるとかなんとかで」

「ふーん。せっかくの貴重な休みだろ。僕の用事に付き合う必要は……」

「もちろん。貴重な休日だから付き合った分、後でちゃんとおごってもらうわよ。心配しなくてもちゃんと働いてあげる。私、役に立てると思うけど?」


 シノブはううんと腕を組む。この後の用事にヒカリがいればかなり心強い。コミュニケーション能力はシノブよりはるかに優れているし、有瀬がどこにいるのかをヒカリを通して分析することもできる。

 まさに渡りに船ではあるのだが船底に穴が空いている気がしてならなかった。無駄な抵抗とは思いつつシノブは二人を諦めるように説得を試みた。


「なぁ、二人ともやめとけよ。僕一人で大丈夫だし、大変だぞ色々と」

「大変って言われてもなー。漠然としてわかんないって」

「香苗ちゃんの言う通りよノブ。あんたどこ行くのよ」

「ああ、言ってなかったっけ? めぐるさんの家だけど……」

「「絶対行くから!」」


 急に協調し始めた二人にシノブは困惑する。ライバル同士のような雰囲気を醸し出していたというのに、いつの間にかシノブが敵になって二人が仲間になっていた。


 まぁ、仲良くやれそうならいいんだけどさ。


 シノブはそう自分に言い聞かせて釈然としない気持ちを呑みこんでいた。

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