番外編 カノジョたちの正体

 時は少し遡る。占いの結果を先に起こした後のこと。

 誰もいなくなった校舎裏、天見永依は一人の少女と一緒にいた。陸上部のジャージを着たままの少女は視線を逸らして口笛を吹く。


「何をしてるんですー。麻姫あさひめさま、それともマキちゃんって呼びましょうか?」

「あー……バレちゃった?」


 どこにでもいるような平凡な見た目の少女は姿が靄に包まれたかと思うと、薄い水色の髪をした少女へと姿を変えた。その服はユニフォームから煌びやかな着物になっている。

 天見は腕を組み、ため息をもらした。


「バレて当然でしょう。神様の力なんて使ったら」

「そこまでバレてるの!? ごめんてー天見ちゃん、怒んないでよー」

「も

「もう。どうしてこんなことを?」

「えっとー……その。つい出来心で?」

「怒ります」

「ごめんってー! 前々からね、りくじょうぶ? って言うのに興味あって! それが思ったより居心地がよくて! ちょっと喜んでもらおうと思っただけでー!」


 やれやれと天見は首を振り、泣きついてくるアサヒメの額を指先で小突いた。


「私がいなかったらどうなっていたか。危うく女の子一人怪我するところだったんですよー?」

「あー、千早ちゃんでしょー? 天見ちゃん。アタシはちゃーんと対処するつもりだったよ。ほら!」

「……そのペンキはなんです?」

「コレね、用務員室にあって。この容器が破けてうっかり頭から被ったことに――」

「駄目に決まってるでしょう!? これだから神様は……人間の尺度がわからないんですから」

「だからごめんって言ってるでしょー、ねぇー?」

「可愛く言っても駄目ですよ」


 ツンとする天見にアサヒメはううーと唸ると、そのままべたりと抱きついてくる。小さな頭が天見の谷間に埋もれていた。


「アタシの巫女さんなんだしさー、多めに見てよー。ね? 許して?」

「いつ私があなたの巫女になったんです! 除霊もお祓いもできない、できてせいぜい星読み程度。アルバイト雇うのと変わらないでしょう?」

「えー? 素質あるよー?」

「勧誘なら他を当たってくださいねー」

「やだー! 天見ちゃんがいいー!」


 さらにぎゅっと抱きついてくるアサヒメを天見はべりと引きはがす。アサヒメは唇を尖らせる。


「ぶー、つれないんだから……そういえば天見ちゃん、なんか変な男の子といたね」

「男の子って、もしかしてシノブくんですか?」

「うん、たぶんその子。あの子なんか変なのに目を付けられてない? 大丈夫? 取り憑かれてるとも違うんだけど」

「ああ、やっぱりそういう……」


 天見は口元に手を当てる。


 シノブが普通ではないことを天見は知っていた。天見が習得している占いは多岐に渡る。その一つが命術だ。誕生日などの確定的な情報から導き出す占いで、占ったシノブの人間像は現実とあまりにもかけ離れている。

 占いによればシノブは破天荒で感覚派。普通の人生を歩むことはほぼなく、その人生は波瀾に満ちているというものだ。


 シノブの占い結果を見た天見の最初の感想は『気持ち悪い』だった。


 天見の占いの精度は様々な占いを併用することから的中率八割を超える。二割弱外れることを考慮してもここまで占いが当たらなかったことはない。故に天見は言葉巧みにオカルト部へと引きずり込み、シノブという奇怪な男子を観察している。


 しかし神様じきじきに何かあると言われてしまえば、呑気に観察している場合ではない。天見は素直に助けを求めた。


「アサヒメさまならどうにかできます?」

「無理!」

「え、無理なんですか? 結構すごい神様って自分で言ってたくせに……」


 見るからに落胆する天見にアサヒメはバサバサとその髪の毛を揺らす。


「ちょっと不敬じゃなーい!? もう! 神様だからできないってこともあるんだよー。勝手に他所の家の猫に餌付けとかしたら怒られるでしょ? そんな感じ」

「……つまり、神様が関わっていると?」


 天見がその眼差しを真剣なものへと変えた。

 神様という存在を天見はあまり理解できていない。感知できるのもアサヒメぐらいだ。それでもアサヒメの自由奔放さを見ていれば神様が関わっているだけでどれだけ面倒なことが起きるかは想像に難くない。

 唾を呑む天見に対して、アサヒメの返答は煮え切らないものだった。


「うーん。どうだろ? 少なくとも人間じゃないって感じ」

「なんですかアサヒメ様。なんだか歯切れが悪いですね」

「曖昧って言葉がぴったりかな。アタシ自身も純粋な神様じゃないから分かるんだけどさー、人なり妖怪なり混ざってると行動が読めなくなるんだよねー。はっきり妖怪か神様って言ってくれればわかるんだけど……」

「逆に言えば、混ざってなければ読めるんです?」

「もちろん! 天見ちゃんがアタシのこと嫌いじゃないことも知ってるよー?」


 天見はじとっと視線を冷たくする。確かにアサヒメのことは嫌いではないが、天見は短い付き合いながらもアサヒメは調子にのらせてはいけないタイプだと理解していた。


「んふふー。もう何か月? この町に子どもの姿で遊びに来てたら天見ちゃんがアタシを迷子だと思って手を引いてくれてさー」

「今思えば、駅まで送った後に素直に帰っておくべきだったかな。幼女からちょっとでかい幼女に代わるなんて……」

「コラ! 誰がでかい幼女って!?」

「さぁー、誰でしょう?」

「もう! ……ンン。とにかく! あの子、うっかりこっち側に踏み込ませないようにね!」


 アサヒメは咳ばらいをしてそう言うと空を飛んでいく。飛んでいく二本のツインテールが羽の様だった。


 こっち側、か。天見は物憂げに空を眺める。


「私も、普通の人間じゃないかー……」

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